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2007年10月

水害から街を守る「いろは呑龍トンネル」(京都府向日市)

Photo: CANON Powershot G9 ※写真をクリックすると画像が拡大されます。

たあ坊「こんにちわ!水守さん!今日はすごいものを見せてくれるってホント?」
水守さん
京都府流域下水道事務所)「やあ、たあ坊。今日はすごいトンネルを見せてあげようね。」
たあ坊
「なぁ~んだ、トンネルかぁ。」
水守さん
「なぁ~んだぁはないだろ。“いろは呑龍トンネル”はみんなの街を水害から守ってくれるトンネルなんだよ。」
たあ坊
「どんりゅうぅ???水害から街を守るトンネル???」

たあ坊「ここがそう?工事現場みたいだね」
水守さん
「そうだよ、でも本当の工事はみんなが学校に通っている道の下で行われているんだ」
たあ坊「道路の下のトンネル?地下鉄かな?」
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水守さん「はずれ!地下トンネルは呑龍のおなか。飲み込むのは地下鉄じゃなくて水、それも雨水なんだよ」
たあ坊「このキャラが呑龍?」
水守さん「そう、ここ京都の桂川西岸地下には、雨水をがぶがぶ飲み込む呑龍が何匹も住んでいるってことなんだ。」
Donryu_chara_3
たあ坊「わあっ!デッカイ縦穴だぁ。これが呑龍?」
水守さん「この下に呑龍トンネルがあるよ。この縦穴はシールドマシンと呼ばれる掘削装置やセグメントと呼ばれるトンネル壁を送り込む穴で、全部が完成したら水をくみ上げるポンプ場になるんだ。」
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たあ坊「今日は説明会があるんだね?」
水守さん「うん、掘進完了イベントで50~60名くらいの見学者の方々が見えるよ。」
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たあ坊「この方が水守さんのボス?」
水守さん「そうだ所長さん。この方を先頭に生活に絶対欠かすことのできない上下水道を僕らは守っているんだ。」
たあ坊「カッコイイよ水守さん!」
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水守さん「教育委員会の方が、たった10年でなくなってしまった長岡京(平城京と平安京の間にあった)について水との関わりを話してくださったね。」
たあ坊「うん、水が豊かな土地で水運がすごく便利。でもその水が暴れたら被害も大きく、2度の大水害とその後に起こった疫病で長岡京は捨てられたんだね」
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水守さん「これはウマ。首が取れてたり壊れてるね」
たあ坊「そりゃ昔の土器だからじゃないの?」
水守さん「これは生け贄なんだ。本物のウマの代わりにパリンとつぶして川に投げ、水を鎮めてほしいと祈願したようだね。」
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たあ坊「あれ?どこかから歌声が聞こえてくるよ。」
水守さん「今日は勝山中学の皆さんにこのイベントで合唱を披露していただくことになっているんだ。」
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たあ坊「“コスモス”って曲だ。これ聞いたことあるよ。すてきだね」
水守さん「向日市の勝山中学2年2組の皆さんブラボ~!」
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たあ坊「あっ!最初の組がトンネルにはいるよ」
水守さん「別子銅山にあったような小さいトロッコだ。ここはトンネルの直径が6.1mもあるけど1,120m先から直径3mになる。それに合わせたサイズだね。」
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説明のおじさん「みんなーっ!乗ってるかぁい!」
水守さん「イエェーーイッ!」
たあ坊「つぅか、まだトロッコに乗ってないけど・・・」
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水守さん「さあ、ボクらの番だね」
たあ坊「ヘルメットかぶるんだ。何か落ちてくるのかなぁ」
水守さん「あぶないよっ!」 パコッ!
たあ坊「ああ、トロッコの天井かぁ・・・。大人に人なら膝が重なる位の狭さだね」
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たあ坊「前の組の人が出口へ行くよ。」
水守さん「今日の見学は300mなんだ」
たあ坊「ええっ、もっと見たいなぁ。」
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たあ坊「送ってくれてありがとー!」
水守さん「最後の3組目を迎えに行くんだね。」
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説明のおじさん「1,120m先から細くなっているのは、ほかのトンネルや埋設物とぶつからないためです」
たあ坊「京都の地下も結構混んでるんだ・・・」
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たあ坊「この上に簡易裁判所があるんだね。」
水守さん「このトンネルは国道171号線を北上、上久世交差点を西へ折れ、府道中山稲荷線を西進するんだ。」
たあ坊「なんで地下なのに道路と一緒に走るのかなぁ。」
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水守さん「よく見て。ここにあふれそうになった川の流入管を接続するんだ」
たあ坊「都会の雨水はアスファルトで地中にしみこみにくいので小さな河川にガンガン流れ込むと説明されてたよね。」
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水守さん「そうよく聞いていたね。だから2,3年ごとに起こる大雨の時、大昔から水の豊かな長岡京や向日市などは浸水することが多かったんだ」
たあ坊「小さな河川で流しきれずあふれそうになる雨水を呑龍が飲み込んでくれるって訳だ。総延長9.2Km対策量24万トンを目指してるんだ」
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たあ坊「並んで壁を作っているのが“セグメント”?」
水守さん「そうだよ。シールドマシンが掘削した後ろ側で、同時並行作業でこのパネルを組み立てていくんだ。」
たあ坊「鉄の骨とコンクリートでできているんだね」
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たあ坊「縦穴に戻ってきたね。」
水守さん「23mぐらいの深さがあるよね。」
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たあ坊「完成したらこんなところに立ってられないんだよね。」
水守さん「特に、呑龍が活躍しているときは・・・。そうそう帰ったらホームページでおさらいしておいてね」
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水守さん「さあ、今日の記念にこのレンガに好きなこと書いてね。」
たあ坊「これ持って帰るの?」
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水守さん「あはは、そうじゃないよ。ここはポンプ場が完成したら併せて記念館ができる予定なんだ。たあ坊が書いたレンガは記念館のカベに貼り付けられるんだ」
たあ坊「ええっ!ヤッター!ぼくがんばって書くよ」
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水守さん「うまいじゃないか、たあ坊。」
たあ坊「今日、合唱してくれた勝山中学の皆さんが描いたレンガもあるね。記念館ができたらきっとまたくるよ。」
水守さん「それと、いろは呑龍の活躍のニュースを待っててくれよ!」
たあ坊「うん!がんばれいろは呑龍!京都桂川右岸流域を守れ!」
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人物は架空のものです。京都府上下水道事務所の許可は取っていません。ごめんなさい。
Photo:CANON PowerShot G9,Panasonic LUMIX FX01 ※クリックすると画像が拡大されます。

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京都一周トレイル:蹴上~大文字山~出町柳

久しぶりに秋の京都東山(蹴上~南禅寺~銀閣寺~大文字山~出町柳)を歩きました。※写真をクリックすると画像が拡大されます。

Img_1125 京都地下鉄東西線 蹴上(けあげ)駅1番出口をでるとすぐにこのトンネルがお出迎え。「ねじりマンポ」と言うらしい。マンポはトンネルの意
Img_1127 「ねじり」は・・・・・ああ、こういうことか
ここを抜けてまっすぐ行けばすぐ法華経寺などを経て南禅寺三門も近い。
でも、トンネルをでたら右の土手沿いの道を上がってこう。
Img_1136 すると、左手にこんなかなり太いパイプが2本。Google地図で見ると、国道、土手、パイプと並んでいる。その先は岡崎の動物園。これは関西電力の現役水力発電所だそう。
Img_1139 これが土手の正体。「インクライン(傾斜鉄道)」 ケーブルで牽引して急勾配を上り下りする軌道。で何を運ぶの? 先ほどのGoogle地図でこの両端をたどれば・・・勾配の上(地図下側)は、2本パイプの取水口もある水路、勾配の下(地図で上側)は、岡崎動物園周の水路に、ここに「琵琶湖疎水記念館」というのもある。
Img_1149 これがインクラインの車両、運んでいたモノは舟だった。琵琶湖疎水は大津の取水口からいったんトンネルに入り山科へ、山科からまたトンネルに入りここ蹴上に出てくる。この蹴上~岡崎は勾配が急なのでインクラインで舟を運ぶというわけだ。
Img_1150 もちろん降りっぱなしということはないだろう。明治のはじめ頃クルマや鉄道が活躍しはじめるまで、琵琶湖~鴨川は疎水運河でつながっていたようだ。
写真は、インクラインのケーブルを巻き取ったデカイわっぱ(なんて言うの?)。
Img_1159 あのトンネルからでてくるのか・・・。
琵琶湖疎水は、京都の電源供給、水運、そして飲料水・・・明治のライフライン。
さて、水運は岡崎へおりて地図のように最短で鴨川に抜けますが、疎水はやや細い流となって北へ走ります。
ご存じ、南禅寺赤煉瓦の水道橋だ。(地図:南禅院北側すぐに左右に走る)
Img_1163x なんですが、せっかく登ってきたのでそのまま遊歩道を山へはいる。すぐに日向大神宮(ひむかいだいじんぐう)に。外宮と内宮はすごく近いので、お伊勢さんのようにバスなどで移動する必要はない。
Img_1171 「天の岩戸」というらしい。胎内くぐりのよう。写真で見ると深そうでちょっと怖いが・・・実際にご自身で確認してほしい。
Img_1178 しばらく山中の遊歩道を行くが、右手にちらりと山科の町が見えて「ああ、京都・山科って意外に近いんだ」と思う。蹴上げ方面からは次第に下っていく感じなのでそんなにしんどくはない。
と、眼前に妙にデカイ灯籠が出現する。
Img_1180 ここらあたりまでくると、ハイカーでない観光客がぱらぱらと上がってくる。もしや・・・これかぁ。
Img_1182 実は20年ぶりの再会。20年なんて言う歳月を簡単に言えて、それでいて昨日のことのように思い出せるなんて、そんな歳になったのかなぁ。なってるよシッカリ。
Img_1185 水道橋を上から見るとこうなっている。この水が「哲学の道」の水路へとつながる。
できればこの上から南禅寺境内を眺めてみたいモノだが・・・・
Img_1210 立派な赤煉瓦橋建築。明治の人はすばらしい。しかもまた、南禅寺の僧坊を壊す出もなく、景観を損ねる出もなく、このとけ込み方はすばらしい。やっぱ、プラスチックは便利この上ないけど、土と木と火でできたものでないと自然にマッチしないよね。
Img_1222 滋氏院だるま堂のいのしし。なんか目につくかわいいヤツ。
Img_1230 今年はいつまでも暑くて紅葉どころか紅葉は緑が美しい。間違って?紅葉しているほんのちょっとを撮ってみた。
Img_1232x 疎水に沿って哲学の道をカップルを追い越しながら突き進むとゴンと突き当たるところに銀閣寺(慈照寺) がある。ここで当然写真でしょ!のところ慈照寺の門に背を向けて、門前の茶店のウサギを撮る。
Img_1233 哲学の道がゴンと当たるといったが、当たったところは「八(はち)神社」。(地図) 実はたまたまこの日は八神社のお祭りだったらしい。でも静か・・・。
Img_1237 「ここまでくれば、大文字山への道なんか自然にわかるだろう」と考えていたが、案内板など見あたらない。えいやで、神社と銀閣寺の間の道を山に向けて歩いていくと、ありました看板。登山の前にすっかり彫りのすり減ったお地蔵さんや大日如来さんを拝んでいこう。
Img_1240 通称大文字山は如意ヶ嶽 (にょいがたけ)という。 そんな高い山ではないので気軽に上れる。しかし、上に行くほど急傾斜になるのはつらい。
(千人塚あたり)
Img_1244 最後の難関!? 所々に防護ネット(写真前方)があるが、ワイヤケーブルが渡してある。これ、もしかしてマキを運ぶのかしら。この道をみんなで担ぎ上げるんだと思っていたのに。
Img_1246 到着!30分ほどかかったか。
火床にはこの夏の送り火の跡がある。NHKの中継良かったなぁ。
Img_1255 大文字クロス。真ん中のところ。この後ろにほこらがある。google地図で見ると、平らな公園のように見えるが、全くそんなことはない急傾斜地!
Img_1268 左の払い
登ってしばらくは、足が笑って慕え降りる気がしない・・・・・が、せっかくだから上から下から見ておこう。上の方に横に伸びる緑の線が鴨川。
Img_1269 右の払い
ところで京都には至る所に京都通がいる。その人たちが自慢げに仲間に講釈しているのを効いていると、それはそれで結構知識がたまる。盗み聞きといわれると困るがいいでしょ、減るモンじゃなし。
Img_1251x 「妙法」が見える。「妙」はちょっと見えにくいけど「法」はよく見える。(地図)
Img_1277 なにやら下界で笛太鼓の音がする。太鼓や花火のドンドンという音は、なにか落ち着いていられない気分にさせる。
焦って駆け下りながら・・・ここでも部分紅葉撮り。

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おお、稚児さん。何見上げてんの?(八神社前)
Img_1284x_2 雅楽が優美。鳥居にあたって鉾が壊れないようゆっくりくぐらせたみたい。大丈夫でした。(八神社の鳥居)
Photo お子様御神輿隊だっ!
銀閣寺正面の参道を駆け上がって銀閣寺門前を左折するとすぐ八神社でそこがゴール。
Photo_2 ああっ!ギャル御輿(って、この言い方古い?)
2 あああああっ!かわいい巫女さん!似合ってるなぁ、そのお姿。自転車少年よなぜそこに止まるのよ・・・ なんて言ってるうちに男御輿は??? あ、通り過ぎてった・・・。馬上の神主さんもいっちゃったね。
Img_1308 さらに哲学に道を進む。銀閣寺までは北上、ここからから先は西進して鴨川(出町柳)方面へ向かう
Img_1309 でも、正確には、吉田山あたりから次第に今出川通りを離れ疎水は再び北上し始める(地図:疎水沿いは緑が続いている)。これについて行くと帰れなくなるので、京都大学方面へ戻る。その三叉路にこのお地蔵さん。
Img_1311 さらに今出川通りを鴨川に向け西進すると、京大村のまっただ中に、百万遍知恩寺
静かで美しいお寺である。
Img_1314 加茂川にでる頃には暮れかけて少し肌寒くも。ここは京阪出町柳駅。
十分歩いたしおうちに帰ろう。あっ!土産買うの忘れた。

Photo:CANON PowerShot G9 ※クリックすると画像が拡大されます。

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近鉄石切駅すぐ旧生駒トンネル(東大阪市)

石切さん(石切劔箭神社)にお参りついでに、東大阪市のハイキングガイドにあった「旧生駒トンネル」というのが気になってそちらにも行ってみることにしました。
※クリックすると画像が拡大されます。

Photo

近畿日本鉄道石切(いしきり)駅から徒歩10分程度。新しい住宅街の端に突然この遺構が現れます。現在の近鉄生駒トンネルより上にあり、単線用の大きさに見えます。

このトンネルが造られ廃止されたいきさつは理恵さんのブログに詳しくありました。いろんな悲劇があったようです。大阪行きのホーム奥にほこらが建てられていますが・・・。 Photo_2
ホームへの階段です。石切さん詣や通勤でにぎわう朝夕もあったことでしょう。重機が通った跡なのか結構崩れています。大正3年(1914)から50年間使われていたようです。 Photo_3
旧ホーム(奈良行き側)上にある道しるべ。さしずめ今なら観光案内か何か。大龍寺は今もありますが「日輪教会(とよめる)」とは一体何? Photo_4

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ならまちの町家~細長い土地を上手に使って(奈良散策)

ならまちの町家。古い街道沿いやこうした都市の町家は、道路側の間口が細く奥に細長い構造をしている。中にはいると目的がはっきりした部屋が機能的に並べられている。実用性、快適性を兼ね備えた建築物だ。※クリックすると画像が拡大されます。

Naramachi
もっとも通り側の部屋。道行く人びとを眺めながら商売の話をしたのか、ぼんやり涼んでいたのか、火鉢で暖をとって客を待ったのか・・・
Img_0967x 中庭。今立っている側に渡り廊下があり、奥の間を見ている。小さな箱庭に安らぎの空間がうまく作り込まれていると同時に、光も十分に取り入れられている。
Photo_2 一番奥の間「やすらぎゾーン」に立って通り側を撮影。渡り路丘のある中庭「いやしのゾーン」、その向こうに通り側の「ビジネスゾーン」が見える。
Img_0969 さらにその奥に庭があって、この土蔵がさしずめ「収納ゾーン」か。おそらく財産系が中心だから「蓄えのゾーン」の方がよいか?

Photo:Canon PowerShot G9

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ちょっとおしゃれしたCanon PowerShot G9

ちょくちょく持ち出してあちこちでパシャパシャ撮るのが好き。そんなのにぴったりなカメラだと思います。
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写真はG9に本来テレコンやワイコンを付けるためのアダプタを付け、さらにCANONロゴ付きレンズキャップを取り付けたところ。

なんだかレンズ交換できる高級機に見える。育ちの良いG9だから何でも似合うねと一人悦に入っている今日この頃です。<Photo:LUMIX FX01>

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世界遺産「古都奈良の文化財」元興寺(がんごうじ)

南都七大寺と呼ばれるお寺のひとつ元興寺(がんごうじ)極楽坊へ行ってきました。何度もこのあたりをうろついているのに初めての訪問になりました。本当によいお寺さんでした※クリックすると画像が拡大されます。

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飛鳥時代の古式瓦(赤褐色、黒っぽいものは飛鳥時代、白っぽいものは奈良時代、現在の瓦色のものは昭和) 元興寺文化財研究所HPより

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Img_0988 猿沢池の南数百m、ならまちウォークの標準的なコースの一番南側
北側の駐車場側から見た北門です。南大門といって南側の正門が多いようですが、正面はここを左側に迂回して東側になります。
こうした仏さんたちの間に、紫色の桔梗が何株か。ここ元興寺は萩が本堂の周りを取り囲みそれもまた風情があって良いモノです。 Img_1000
Img_0997 禅室。非常にたたずまいが美しいと感じました。
そうそう、6世紀元興寺の元となったお寺法興寺(飛鳥寺)建立の折の瓦数千枚が個々に移されて利用されています。 Img_1003
Img_0993 左上の写真で、ちょうどご婦人方が休憩されている上のあたり、そしてその奥の極楽堂(裏:西側)の屋根にあります。
上の写真は極楽堂正面(東門から見ている)ですが、その裏:下の写真でパッチワークのような屋根がそうです。銅鐸のように下の方が経が大きいらしいです。 Img_1016
Img_0999 境内には雨風にさらされてほりも見えないぐらいに浅くなってしまった石仏さんが相当数こうして立っています。
ならまちウォーキングしている人は結構多かったのですが、ここは結構静か。 Img_1011
Img_0996 でもこのお寺は必見。是非ここまで足を伸ばして(って全然遠くない)ほしいものです。
唯一天平時代の五重塔高さ4mの国宝五重小塔もあります。

Photo:CANON PowerShot G9 ※クリックすると画像が拡大されます。 *the World Cultural and Natural Heritage Gangouji-temple

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ならまち庚申堂の身代わり申(猿)たち

ならまちを散歩するとよく見かける「身代わり猿」 奈良の庚申(こうしん)さんは庚申信仰の拠点だそうです。庚申(かのえさる、こうしん)

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ならまちの軒先によく見かける「身代わり申(猿)」 数個の赤いお猿が垂れ下がっています。
実際の使い方。こんな様子をあちこちで見かけます。 Photo_5
「奈良町資料館」の窓から外を見たところ。猿だらけ。ここだけじゃない、あっちこっち赤い猿がいます。 Photo_2
身代わり申のアップ。さるぼぼと似た雰囲気、カラーリングですがこちらは丸まっている。

猿の頭に「元興寺(がんごうじ)」とありますが、古都奈良の世界遺産の一部として指定されているお寺ですが、すごく良いお寺です。「最盛期にはこのならまちの大部分が元興寺境内の中(wiki)」だったそうです。
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「庚申堂」の軒下にぶら下がる猿たち。町を離れる人は個々に猿をおいていくそうな。 2
庚申堂の屋根の上。ここにもぽわ~んとした猿が5匹遠くの方を見ています。 Photo_4

「身代わり申」ってなんかかわいそうな名前。運命は逃れられないけど身代わりを立てれば何とかやり過ごせる・・・ということでしょうか? 今の時代じゃなく、この信仰が盛んだった江戸時代、飛騨のさるぼぼが天然痘よけを願って作られたように、逃れられない・ひとも頼りにならない苦難が山のようにあったんでしょうね。人びとの家族へのささやかな願いや愛情が、こんなかわいらしい姿になって軒先に形をなしたんでしょう。

Photo:CANON PowerShot G9 ※クリックすると画像が拡大されます。

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ずっと謎だった!大阪京橋駅近くの黄色い建物 (2007/12月解体されました)

それは「株式会社奥山製飴所」という事業所でした。

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2007年12月の初旬、通勤電車から見るとこの建物が取り壊され始めていました。老朽化の著しい建物のように見え、維持管理も大変だったろうと思います。古い建物好きな者からみるとちょっと残念です。(2007/12/16追記)

※場所:この地図の中央部、川沿下側岸のJR環状線から煙突のあたりまでがその敷地のようです。Gooタウンページにも掲載あり。

毎日の通勤でずっと気になっていた。大阪環状線天王寺方面から大阪へ向かうと、京橋駅に入る直前に渡る川の畔に、なんだか時代物の、それでいて黄色に塗られた“めだつ”建物がある。あれって何・・・?

毎日気になっていましたが今日それを確かめに行ってきました。

_1 これが黄色い建物の正体。左手がすぐJRの土手で建物裏手が寝屋川
右手奥に見える大きな煙突あたりまでが敷地のよう。
裏に回って河川堤防をを歩く。裏側にも黄色く塗られた建物あり。 Img_0846
Img_0841 建物間は、宮崎アニメ「ハウルの動く城」に出てきそうなアナログなラインで描かれた配管でつながれている。
こちらは同じく「未来少年コナン」のインダストリアみたいな用途不明のタンク。 Img_0850
Img_0847_2 エネルギー源は、寝屋川の河床で集積されたメタンガスを秘密の製法で集積したもの。
この近くで、ゆうこりんや八代亜紀を聞いて涙する外人も目撃されており、宇宙人の基地の可能性が極めて高い。

株式会社奥山製飴所を検索すると、同じく大阪(平野区)の奥山製餡所株式会社というのも検索される。アメもアンコも日本スイーツ。メタボ気にせずおいしい和菓子をちょうだいしたくなって参りました。

Photo:CANON PowerShot G9 ※クリックすると画像が拡大されます。

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古い町並みが残る今井町(奈良県橿原市)

戦国時代、石山本願寺派で信長に抗したものの比較的早い時期に降り、遺構奈良の商業の中心地として繁栄をみた今井町で撮ったスナップです。古い町並みで有名ですが、スナップにはあまり建物が写っていません。

Imai_kuramoto
これ、一般に「酒林(さかばやし)」というらしい(杉玉:すぎだま、酒箒:さかぼうき、酒旗:さかばたなどの別名) 良い酒ができますように?商売繁盛?
Img_0234x ブランドマークでしょうか。ここにはオリジナルの奈良漬けもありました。
Img_0230x 3連のカマド。5連のもあるらしい。自分も子供の頃、カマドの火口で竹の棒(なんていうのかな)でふうふう火をおこした記憶があります。
Img_0223x いかにも福が舞い込んできそうなたたずまいです。
Img_0250 大きなお寺の屋根。でもその重みに耐えかねてゆがみや崩れが目立ちつつあります。
Img_0242 奥まったところにある茶店の店先に飾ってあるパッチワークのイカ(だと思う) なんとなくのんびりとしたいい顔したイカ君です
Img_0247x この出っ張りに、日暮れから夜8時頃まで火をともし街灯にしたそうです。それ以降は一歩も家を出なかったらしい。盗人など入れもしなかったし、また丁稚などの逃亡も許さなかった。丁稚奉公は親元へ料金前渡しだったらしいです。

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別子銅山(1916-1973)の遺構へ行こう!

日本三大銅山の一つだった別子銅山。
その始まりはナント元禄4年!そして283年後昭和48年(1973)に閉山するまで推定3,000万トンもの銅を産出し続けたのがこの住友の別子銅山。
あいにくの秋雨の中、マイントピア別紙(端出場ゾーン)から、さらに奥の東平(とうなる)ゾーンに行ってきました。濃いガスの中に浮かび上がる赤煉瓦の遺構は、さながら天空の城ラピュタ。「人は地上を離れては生きていけないの」とはシータが言った言葉だったでしょうか。最盛期には、こんな山深い東平に3800人もの人が働いたと言いますが、閉山後は草木が、そして深い霧が、静けさが人のいた跡を覆い尽くしています。

アルバム「マイフォト」にもう少し詳しく掲載しました。

Besshidozan

貯鉱庫跡(索道基地)
別子銅山東平(とうなる)ゾーンは県道から8Kmぐらい細いくねくね道を上がる 詳しくは「マイフォト」に写真をアップ

最後になりましたが、Tomoさんのホームページに別子銅山のことが詳しく掲載されていました。勉強になりました。

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秋の彩り 田んぼの周りは花盛り

クルマで走ると気づかないかもしれませんが、空気がキンモクセイの甘い香りとモミを焼くちょっと香ばしい香りで満ちています。田舎の空気は秋のお味が濃厚です。

Img_0400_2 曼珠沙華 今の子供も、これで首飾りを作ったりするんですかね。あたしゃモテましたんで結構あの首飾りかけてもらいましたよ。べちょっと苦い汁でぬれてるんですが(^^;)
Img_0395_3 残暑が続く今のうちに栄養とりまくっておかないと。秋の花の多い時期、虫たちのかき入れ時。
Img_0382_2 日の光をすかしてすごい緑色に輝いているサトイモの葉っぱ。「縁を鉛筆で書きました」みたいな縁取りがあるんですね。/td>
Img_0418_2 道ばたにフツ~に生えてるコスモスですが、なんか秋の日和にほほえんでいるような気がして

ああ、良い季節

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奈良の大仏詣での道「大仏鉄道」明治40年廃線~奈良市-加茂町間

明治31年に開通し同40年までの9年間営業したという大仏鉄道の遺構を見に行きました。奈良市内の佐保川からJR加茂駅までの道のりです。

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JR加茂駅にある赤煉瓦の遺構:列車のライトや尾灯用の油を保管していたランプ小屋(オランダ積)
Img_0348_2 奈良市内佐保川のほとりにこんなちいさな緑地があります。

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おお、鉄輪のモニュメント

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大仏鉄道記念公園とあります。

碑を読むと、明治31年4月に開業した大仏鉄道とあります。この鉄道については、大仏鉄道研究会さんのホームページに詳しく掲載されています。

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大仏鉄道の遺構と直接関係ないですが、加茂に向けての山の中に入る入口「梅谷区区民館」。昔公民館と言えばこういう感じでした。
佐保川の駅からJR加茂駅までの路線だったようですが、特にこの梅谷から加茂の田んぼに出るまでの山中は線路跡地の細い道がそのまま細い道として残っています。

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梶ケ谷隧道
※写真だけ見ていた時は、最初はこの中を汽車が通っていたのかと思っていました。赤橋と同じで、この上を線路が走っていたようです。
この地図の老人ホームとCC入り口の間にある
Img_0376 赤橋
石の板が渡してあるのがわかります。この上は現在加茂町と木津を結ぶ細い道です(現在メインの国道は関西線のように川沿いを迂回)。すぐそばにカントリー倶楽部の入り口がります。
この地図の老人ホームとCC入り口の間にある
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鹿背山アバット(橋桁を橋の両端で支える台のこと).線路はこの上の土手を走っていた。

雑感:愛媛の別子銅山跡に行ってきました。個々の遺構も明治の煉瓦、天空の城ラピュタでした。煉瓦の赤茶色に歴史が染みついているようなそんな気持ちを、これらの遺構をみて感じました。

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便利さ追い求めデジカメ遍歴~ちょっとはマニュアルしてまじめに撮ろう!/CANON Powershot G9

CASIOさんが1995年にがあの有名なQV10を世に出したとき、めちゃこういうデジモノ付きな同じ会社のWindyさんに見せびらかされ・・・後継機QV20を買ったときからです。あのころMacのデジカメもなかったでしたっけ?その後Kodak、Nikonクールピックス、FujiFinepixのハニカム200万画素(を400万画素で出力)、PENTAXのコンパクトそのあとが下のキャノンS2 ISです。

Canon_s2is_2 Panasonic_lumix_fx01_2_2 Canon_powershotg9

しかしこの間、自分の中でどんどん手軽にカメラにお任せ化が進行した今日この頃「もっとまじめに撮りたいなあ」?という気持ちが起こってきたわけです。ならデジタル一眼でしょ、とキムタク渡辺謙さん気取りでカメラをいじくりたいのですが、教育費高騰の我が家の家計では、ここはグッと我慢。今回もコンパクトデジカメ でがんばろっ。

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CANON Powershot G9で撮影。なぜか葱畑の向こうに古墳(垂仁天皇陵)

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奈良歴史街道~垂仁天皇陵→唐招提寺

クルマで北へ1時間行けば金閣寺仁和寺に、南に1時間いけば飛鳥の手前まで。世界遺産の宝庫の中にすんでいるような地の利を生かさない手はないですよね。この日はバイクで40分、唐招提寺まで行ってきました。(着いたら土砂降りでしたが)

Photo 垂仁(すいにん)天皇陵
全長227m前方後円墳 天皇の命で不老不死の薬を探しに行ったと「日本書紀」に記されている田道間守(たじまもり)の墓島もそばに浮いております。

唐招提寺(とうしょうだいじ)の門前
聖武天皇の招きで来日した鑑真が759年に創建した寺。この門前から南に10分弱で薬師寺に通じます。その道を含め、西の京一帯は本当に奈良らしい雰囲気があってお気に入りです。

Toshodaiji_1

奈良を歩けばフンに当たる。足下にシカの糞、目の前に古墳。奈良から天理にかけて古墳だらけ。最近ではGoogleEarthやMAPなんかで是非ご覧になって下さい。(鹿の糞は見えません(^-^;)

CAMERA:Panasonic LumixFX01(故障機) この足でCANON PowerShot G9を買いに行きました。

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雨間のカナヘビ、雲間のクモさん

暑いんだか寒いんだか・・・ 残暑厳しいこの秋、にわか雨の合間のショット。我が家のお庭は自然動物園。

Kanahebi2

ふつうの新興住宅地の庭のはず。おしゃれな近所の家と違うのは庭中野菜と木が生い茂り、夏草も生い茂り、虫やミミズやカナヘビがたくさん飼われていることです。

Kumomanokumo Kanahebi1

春先には動きの鈍いカナヘビの子供がウッドデッキでひなたぼっこというのは毎日見かける光景ですが、この時期に子供のカナヘビは非常にかわゆいもんがあります。

CAMERA:CANON Powershot S2IS

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南山城の秋景色 ゲンチャ・ツーリング

何かしらいつまでも暑い暑い秋の一日、黄色いゲンチャリにまたがって山城の秋を探しにいきました。

Gencha

近鉄電車

ひまわり

稲焼く煙

南京都山間の村

あれっ?と気づくと休日の朝、自分しかいないということも多くなった今日この頃、こうした時間がもてるようになったのは嬉しいような寂しいような・・・。

CAMERA:CANON S2IS  ※写真をクリックすると拡大します。

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