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京都市内 明治・大正生まれ煉瓦造りの水力発電所~京都市左京区

京阪電車丸太町駅から東へ4~500mほどの疎水に、大正3年生まれの現役の水力発電所「関西電力夷川(えびすがわ)発電所がある。ネット上にもいくつも写真がアップされているので、こういう近代化遺産に注目されている方も多いのだと思う。地図※写真をクリックすると拡大表示します。

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岡崎公園の前を西に流れる疎水路を流れる水で発電。300mほど下れば鴨川

琵琶湖の水を使い現在300KW(発電機や水車は平成4~5年に取替)の認可出力を持っているという。市電[京都電気鉄道]が明治中期には市内から伏見まで開通するなど電力需要は急上昇。ちなみにそれに似ているが、今日自分が利用した京阪電車(京阪電気鉄道)は、渋沢栄一を創立者とし明治39年11月設立、同43年4月には、京都五条と大阪天満橋間に電車を開通させたらしい。日本中にバイタリティーに満ちあふれていた時代を感じる。

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水門のポールの間に、雪で描かれたの大文字が見える。 送り火で赤く染まるのは半年後。 京都の近代化が加速し、蹴上発電所だけではまかなえなくなって建設された。大正3年4月竣工。

琵琶湖疎水の水で最初に発電を行ったのが下の[旧]蹴上発電所(けあげ)だ。地図蹴上発電所も操業を続けているが、下の建物は発電施設としてはもう使われていないよう。この時代の建物やトンネルの出入り口付近には“思いを込めた文字”の書かれた銘板がよく見かけられる。下の写真では丸窓の下、気に隠れて見えないが「亮天功(てんこうをたくす)」とある。どういう意味だろう。

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明治24年に運転を開始しているらしい。ここで稼働したペルトン式水車とスタンレー式動力用発電機は琵琶湖疎水記念館に展示されている。

日本に於いて、レンガづくりの建物が造られた時代は短い期間に特定しやすい。相当シッカリ作らないと地震に弱いという弱点によるモノだそうだ。近代化がスタートし欧米化が始まった明治の頃から大正末期の関東大震災ぐらいまでだ。それ以降は、セメントづくりの建物の時代になっていく。

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2,3階分の高さがある1階部の窓。1階の巨大スペースで何基かのタービンが回っていたのだろう。
水路式発電用の導管のように見える。管はインクライン(傾斜鉄道)跡と併走し下りここに導かれている。

なので、京都のように古い時代から人口の多かった都市、殖産興業の対象と成った事業拠点、明治時代の重要軍事施設などに煉瓦造りの建物やトンネルが残る。自分たちが子供の頃、おばあさんといえば「明治生まれ」がスタンダードで、明治とのつながりがそこにあった。今途切れかかっている明治とのつながりを探しながら、古きを訪ね新しきはわからなくても、今にどうつながってきたのかをよく知りたいと思う。

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します。

 

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琵琶湖疏水記念館は南禅寺の南、岡崎の京都市動物園の東隣、蹴上インクライン(傾斜鉄 [続きを読む]

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