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2008年3月

学業成就で根強い人気「北野天満宮」は梅から桃へ~京都市上京区馬喰町

受験生学業成就のピークを過ぎて、北野天満宮の境内は桃のピンク色が散りゆく梅の花をしのいでいます。 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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楼門
北野天満宮三光門と桃の花

学業成就は学生の専売特許でもありません。菅原道真公もたぶん太宰府に流されてもなお、日々勉強されていたのではないでしょうか。

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楼門
社殿(拝殿)
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三光門(中門)
社殿横手の出入り口

齢50、この歳になって初めて知ることも恥をかくこともまだまだ多い。人生残り少ないと流しにかかるのではなく、人生の最後の一瞬にさえ何か新しいひらめきが生まれることを楽しみにしてお勉強いたしましょ。

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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ALWAYS三丁目の夕日的ミヤタ自転車販売店で「ツノダのテーユー号」思い出す~京都市伏見区塩屋町

自分が子供だった頃なら珍しくもない店構えだけど、今ならチョット懐かしい・・・。そんなお店を伏見で見つけました。このカンバンにあるミヤタ自転車を調べてみると、明治14年宮田製 銃所を創設とあります。銃器と共に自転車製作を始め、明治35年(1902)には「自転車の将来性に着目、従来の宮田製銃所を廃し商号を宮田製作所と改 称」とあります。松本自転車商会さんは商工会議所のHPで1921(大正10年)の創業とあります。こちらも自転車の将来に早々に着目されていたようで す。

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松本自転車商会(伏見区塩屋町)1921年創業とある(商工会議所HP)

さてこれをご存じのあなたはよいお歳「tvつつんつつのだ、つつんつつのだ、自転車ツノダのテーユー号、ママとパパ、あなたと私、君とボク、みんな~つんつんつのだのテーユー号!」 この曲は株式会社ツノダmusic聞くことができます(涙sweat01) ちなみに「テーユー号」はTUNODAからきたらしい。幼い頃は最後ん所「つんつんツノダ乗ってゆこう!」と信じていました。coldsweats01

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京都伏見は酒処 月桂冠大倉記念館/京都市伏見区

酒蔵の町伏見月桂冠大倉記念館にやってきました。

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水路沿いの柳の新芽と酒蔵

昔十石船、三十石船が通い、京都方面の陸路から宇治川淀川水系を経て天下の台所大阪への中継点 伏見。伏見の名前は、伏流水(ふくりゅうすい=地下水が再び井戸や湧き水として地表に現れたもの)→伏水→伏見で、酒造りに適した伏水が豊富にあったようです。※写真をクリックすると拡大表示します。

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月桂冠大倉記念館前の駐車場から伏見めぐりに出発する観光客 大倉記念館のエントランスにある火鉢
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月桂冠のポスター(昭和13年)大倉記念館
月桂冠のポスター(昭和8年)大倉記念館

上のcamera写真は、昭和初期のポスター。右側のほう色気があってなんともいえないんですが、昭和8年ではこういう「刺激的」なものは排除勧告を受けたそうです。

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入場者に配布されるカップ酒。近所の集会所の前で

場内では酒造りの工程や道具などの展示が見られます。入場料は300円、上のcamera写真のカップ酒が一個ついてきます。実はこの前に黄桜キザクラカッパカントリーで「とくり一献 にごり酒」をいただいてましたんでこのカップはそのまま持ち帰りました。春のホンワカ日和、昼間のほろ酔いが最高の季節ですね。

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します。

 

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戦時中、宇治の火薬製造拠点から火薬が運ばれた鉄道の跡~宇治市JR木幡駅付近

宇治の火薬製造拠点から火薬が運ばれた鉄道線路の今。この先がJR木幡(こはた)駅。今は意味のない土手と意味のない陸橋。この土手の高さは2階建てほどの高さ。通常の往来を避け5mの空の上を火薬列車は走っていたのでしょうか。

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道をまたいでいる部分(前方方向がJR木幡)
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さらにJR木幡方向へ行くと、次は橋がない。
線路ならかなり小ぶり。錆びた金属が土手に刺さっている

無意味でいられる平和がうれしい春の暖かい土手の上でした。

ついでですが・・・「京阪の駅名は「こわた」であるが、JRの駅名は「こはた」、周辺の一部の地名は「こばた」とそれぞれ読みが異なる。(ウィキペディア)」だそうな。平和、平和(^_^)

 

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在原業平ゆかりのお寺「不退寺(金龍山不退転法輪寺)」/奈良市法蓮東垣内町

六歌仙、三十六歌仙の一人、在原業平(ありわらのなりひら)。百人一首では「ちはやぶる神代もきかず龍田川からくれなゐに水くくるとは」の歌。業平が父阿保親王の菩提を弔うと共に衆生済度の為に興したと言われるお寺「不退寺(ふたいじ)」です。 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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不退寺本堂、この中中央には在原業平自らの作と言われる観音像が安置されている。

在原業平は天皇とめちゃ近い血筋ですが権力闘争に敗れちょっと横に追いやられたみたい。天皇家が仲が良ければ、盆や正月に集まったときなど「ま~あナリちゃん、ようきんさったねぇ。久しゅうみんうちにおおきゅうなって。オバちゃんのこと覚えとりんさるかいねぇ。」と何故か中国地方訛りで弾んだ会話の中でかわいがられたはずなのですが・・・。

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朱のような色の残る本堂。本尊の観音様も当時は極彩色だったはず。 レンギョウの花。四季を通じて花がある
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近所の古墳から持ってこられた石棺。宇和奈辺、小奈辺、磐之媛命などのデカい古墳が隣接ずる。 多宝塔。だが上部が無くなっているので平屋の堂に見える。

そうそう、上の石棺は古墳から持ってこられたもののようなのですが、石棺の縁があちこち丸く削られています。草刈りの人たちが鎌を研ぐのに使ったそうです。たまった雨水で水浴びしたヒトもいるかもしれません。棺桶もいろいろと役に立つもののようです。

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不退寺の南大門(鎌倉時代) 左右の御所塀が特徴。

上の写真は南大門です。門の左右は御所塀と呼ばれる漆喰の5本線入りの塀。これは単なるデザインではなく、禁裏の許可がないと建てることを許されないもので、このお寺の天皇家との関わりの深さを示すものなのでしょう。

photo:RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します。


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奈良市のレンガ建築:奈良市水道計量器室+α/奈良市興善院町あたり

クルマでたまたま通りがかって発見しました。とても現役のようには見えません。上部に「奈良市水道計量器室」と読めます。帰宅してネットで調べてみると大正時代中期と推定される建物のよう。地図 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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塀と鉄条網の中にあって入れない。三叉路の入り口なのですごくわかりやすい場所
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屋根もあるのか落ちているのか分からない。

煉瓦造りは以前にも書いたように、大震災でレンガ建築の耐震性が問題になり、またコンクリートが普及するまでの明治から大正期という比較的短い期間に存在します。古いレンガ建築を見れば「おおっ!明治・大正だっ!」と足を止めずにはいられないのです。
さらにこの坂を登ると・・・また別のレンガ建築に遭遇するのです。

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奈良少年刑務所正門
奥に見える管理棟の向こう側が監獄

計量器室から100mほど坂を登ると、相当高い赤色のレンガ塀が左右に拡がって見えてきます。このお城のような門、知らなければ何に見えるのでしょうか?テーマパーク?貴族の屋敷か名門学園のようにも見えるのでは。明治41年の竣工だそうです。(wiki)

photo:RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します。

 

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陸上自衛隊祝園弾薬支処~近畿の火薬ネットワーク遺構が引き継がれ/京都府精華町

極めて物騒なタイトルですが、ベッドタウンと呼ばれるけいはんな学研都市に隣接してそれはあります地図。インターネットで検索すると近畿最大の弾薬貯蔵施設(今もでしょうか?)とあります。そういえば数年前、近所にある弾薬を輸送する専用鉄道の鉄橋が解体された後それを知り、大変残念に思ったことがありました。 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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茶色の車柵や監視所が何かポーズのようにも見えたりするのどかな田舎風景の中で

戦時中、「宇治火薬庫・宇治火薬製造所」など物騒な施設が宇治市黄檗・木幡のあたりにあり、ここと祝園火薬庫、あるいは枚方の火薬庫等が弾薬ネットワークしてしたようです。当時JR木幡駅から出ていた火薬庫への専用線路の土手跡はたぶんこれだと思います。

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立ち入りたくもないけど、大正昭和の遺構(弾薬庫)がありそうなのでそれは見たい
このフェンスの右側が弾薬支処。この中、きっと人間よりタヌキとかの方が遙かに多いのでは

現在、宇治市の木幡からここ祝園まで旧陸軍の施設にそのまま陸上自衛隊の施設があり、気軽には見ることができませんがおそらくかなりの軍事遺構が現存しているのでは?生駒山を越えた交野市にも軍事遺構があるよう。その先は終戦間際大空襲で壊滅した京橋(大阪城)の砲兵工廠が。こんな現在では想像もできない当時の遺産を是非後世にセットで残してほしいものだと思います。

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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貝桁網(かいげたあみ)で海底生物をゲットだぜっ!~漁港の景色で見つけた不思議な漁具(白子港)

無造作に漁港の堤防に積み重ねられたこの漁具は何sign02 一体何に使うのでしょうか?想像もできなかったのでとりあえず撮影して自宅で調査しました。これは桁網(げたあみ)と呼ばれる漁具のカゴ部ようです。

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桁網(げたあみ)とは貝やエイなどのように海底に住む生物をかき取る漁具のようです。

丸みのある方を漁船側にして、反対側には袋網を付ける。漁船で海底を引いて貝やエイなどの海底生物をかき集める桁網漁。camera下左の写真には海底をひっかく爪(歯)がずらっと並んでいるのが分かります。これで海底をほじくるんですね。

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よく見ると歯がずらりとならんでいる。(写真左側)。コレでひっかきカゴ部でさい、後方の網部へ 中には、丸みのある側にこうしたパイプが挿入されているものがある。 向こう側のはパイプに青いカバーが

その後は、この金属のカゴ内で砂を落としカゴの後ろに付けた袋編みに得物を集めるのでしょう。中にはcamera上写真右のようにパイプが接続されているやや大きめのモノもあります。あるサイトでは「噴流式マンガ」という言葉もあり、マンガという呼び名もあるようです。噴流で貝や砂などを巻き上げ収集効果を大きくするのでしょうか?

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それぞれの漁具にこうして名前らしきものが書き入れてあります。 ありました。こうして網を装着して使うようです。

漁師さんは季節によってこうした漁具を使い分けながら操業しておられるのですね。でもスーパーなどに行って、フライや佃煮になったものはもちろんパックに入ったfish魚や貝を見ても、現場を想像できるモノは何一つありません。

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こぎれいな過剰包装をまとった食材より、漁の現場をもっと理解した方が旨さというより大事さannoyを感じられるかもしれないです。町のスーパーまで行くと、どんな食材でも、bud土からもmist海からもxmas森からも離れすべてが工業製品のように見える・・・そんな感があるなぁthink・・・と港で思うのでありました。

photo:RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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ズルズル海産健康食品「めかぶ」を食べる

メカブを買ってきました。何かのラジオ番組で「メカブはワカメの性器に当たり・・・・栄養が豊富で・・・」というようなことを聞いていたので早速買って食べてみることに。太い茎に分厚いビロンビロン、見かけはお世辞にも旨くなさそう。※写真をクリックすると拡大表示します。

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メカブはワカメの性器(?)、栄養抜群といわれている

なお、メカブには体臭を軽減する効果も大きいそうです。体臭とは汗やアカ、その元は血液。血液の臭いをクリーンにしてくれるのだそうで、あるテレビ番組では何日間かメカブを食べて体臭の減り方を測定する実験をやっていました。一時問題になった某やらせ番組だったかどうか?

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まずメカブを千切りに刻む。茎は普通捨てる
湯通しをしてポン酢などでいただく

メカブをまず千切りに。このとき普通茎からビロビロをそいで、茎部は捨てるのだがせっかくなのでいっしょくたに食べてみることに。でもまずヌルヌルしているので包丁注意です。熱い湯を通した瞬間、右写真のようにサッと鮮やかな緑色に。冷水で洗って土佐酢・・・ないのでポン酢でいただきました。茎はチョット苦めであまりおいしくない。ぐりぐりかき回しているとアノ独特のズルズルがどんどんにじみ出てコリコリ歯ごたえもありうまい。生メカブまた買おう。

photo:CANON Powershot G9 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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こうなご(イカナゴ)のシーズン到来~鈴鹿市白子港で海産物を買う!

今年は2月末に「こうなご(小女子:イカナゴの別名)」漁が解禁されたらしい。ここ鈴鹿市の白子(しろこ)港でも水揚げされたこうなごが店頭に出ている。うまそ~!

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コウナゴ(小女子)はイカナゴの別名 3月初旬から店頭に出回る

これを味醂や醤油で水気が無くなるまで煮ると、さびた釘のようになるので「くぎなご」あるいは「くぎ煮」と呼ばれるようだ。

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白子港の海産物販売「まるかつ」の店先で 白子港の漁船。イカナゴ漁の舟かな

ようやく春らしく(といっても4月上旬並みの陽気)なった日曜日、鈴鹿市の白子港で、コウナゴ、メカブ、ノリなどをゲット。とっても海産物な春の一日だった。

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南浜第二跨道橋(こどうきょう)~大阪市北区中崎町西/東海道本線

JR大阪駅を出た東海道本線の上り列車がたぶん1分前後で渡るだろう何でもない跨道橋(こどうきょう)です。(地図) 橋の下を良く通るのでいつも気になっていました。どこが??

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中崎町西から新大阪方面(北)をのぞむ。天六と中津を結ぶ片側2車線道路

何がおもしろいかとと言われるとよく説明できないのですが、何かこのせっかくあるのだから大事に使おうと頑張ってるみたいな不器用な雰囲気が好きなのです。

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跨線橋の両端の土手(?というのでしょうか)。この上を東海道本線が走る。  このようなの竹の内側状に加工してあり、この写真の様なヒビが決行は行っている。

跨道橋両端の土手は半円中型凹型の側壁で、なんでこういうカタチなのか竹のように強度があるからなのか・・・そんなこと一般市民が知らなくて良いのだけど、何か気になります。

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後で橋脚代わりに突っ込んだジャッキのような柱の下部 その上部、やっぱり付け足しか?角度が橋の延びる方向とずれて回転している。

この支柱、一番上の写真で、コンクリートの脚のさらに内側、歩道と車道の間に6本ずつ突っ込まれている。たぶん後で補強に突っ込んだんでしょう。全部角度が支柱の軸に対して少しずつ回転しています。13年前の阪神淡路大震災(1995)後の補強工事でしょうか。

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このヒサシのような構造物は何?橋を支えているのか?

ええと、これも謎。SFなんかでこういう排気口とかバーニア(姿勢制御用エンジン)とか冷却フィンとか付いていると格好良いものですが、これって鉄橋の支えなんですかねぇ??? なんか訳の分からない無骨な跨道橋、結構頑張ってるって感じがします。

photo:RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します。

 

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ビルの谷間の安らぎ空間 聖ヨセフ カトリック北野教会(大阪大司教区)~大阪市北区豊崎

阪急電車梅田駅茶屋町口や大阪市営地下鉄地下鉄中津駅近くの阪急系のビルが建ち並ぶあたり、大阪キタののっぽビルの谷間にすこし雰囲気の違う空間があります。

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外観は重たくてくすんだ風合いだが、他の方が撮影した写真などを見ると聖堂内は対照的に輝くような空間らしい

神社仏閣は良く回るくせにキリスト教や他宗教も含めて宗教心は全くありません。でもそういうものに興味がないわけではなく、宗教的行事があるとぽーっと口を開けて結構眺めていたり。

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ゆったりとした前庭、ベンチでゆったりとしている人たちをよく見かける。 裏の敷地は有料駐車場。鉄の建物プロテクタもあるが、クルマにとては無い方がダメージが大きそう

宗教活動を見ていると、人間の精神の営みというか、生きる意味というか、悩みというか・・・そういうものとどう取り組んでいこうか、どう生きていこうかという・・・うまく言えないが、それこそ空を見上げて手を高く上げるような姿があって、宗教心のないモノでも考える機会を与えてもらえるような気がします。

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ビルの谷間。ある程度の敷地があるので暗い感じはしない。(正面=北:新大阪方面)

カタチの無いモノをわかりやすくするために仏像や寺社、儀式などのカタチを作るのである意味わかりにくくもなり、同じモノなのに違う様に見せたり、形式だけで「神のご加護が」とごまかしたり(色即是空?)、そんなデタラメをばらまく宗教活動も多いけど、まじめな宗教家がまじめに作る「空間」には宗教を知らないモノでも、なにかそんなことをまじめに考えようかな、と思わせるそんな荘厳な雰囲気があるのでおもしろいです。

photo:RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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聖武天皇が遷都しようとした「恭仁(くに)京」~京都府木津市加茂町

平城京の聖武天皇が、度重なる疫病や事変を嫌い遷都をしようとした場所で恭仁京(くにきょう:京都府木津市加茂町)跡と呼ばれるところです。743年に造営は中止、以後紫香楽宮(しがらきのみや744年)→難波京(745年)の遷都の後、元の平城京に戻ったそうです。その時の大極殿がそのまま利用され山城国分寺となったそうです。

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↑ 恭仁京跡(山城国分寺跡)七重塔の建っていた場所[※クリックで拡大表示]
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海住山寺(かいじゅうせんじ)より眼下に恭仁京跡付近を望む[※クリックで拡大表示] 
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現地の説明板[※クリックで拡大表示]

現在の発展を見れば、難波京や平城京は良いとして、恭仁宮や紫香楽宮(地図)は現在ずいぶん田舎。紫香楽(元:信楽)から温暖な難波(元:大阪城南の法円坂あたり)に移ったことを考えると、あの名高い信楽の冬の厳しい寒さに耐えられなかったのではないかなぁ・・・と寒がりの私は考えるのでございます。それにしてもお金と権力は相当お持ちだったんですね。

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大和売薬「くすりの町=高取町」こんな道具を知ってまっか?/奈良県高市郡

大和売薬くすりの町、高取町シリーズ。もちょっと続きます。土佐街なみ集会所・夢創舘裏にある資料館(近鉄壷阪山駅下車徒歩10分)からもうひとネタ。 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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これ!時代劇の医者の出てくるシーンの必須アイテムですよね!「ヤゲン」別名「クスリオロシ」

大岡越前の小石川養生所伊織先生、同じく小石川養生所、小林桂樹の「赤ひげ」先生・・・みんなコレやってましたよねぇ。下は、Naha(那覇)に「Made in Japan」で輸出していた時代のもの。1972年(昭和47)5月15日沖縄返還、テレビのニュースで見ていたっけ。それから三十数年が経過しました。

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輸送用の木箱などに文字をプリントする型 カワラの版。くすりの説明書や袋用。鉛製のもある。
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「売薬製剤帳」とある。 今時見かけなくなった柱や電柱などに貼る金属板の広告

カタチで言うと、粉薬の「散」や鼻くそ丸めたような「丸」があります。そういえば、お医者さんでもらう粉薬はいつの頃からあの四角い紙片を袋状に折る「薬包み」が無くなったのでしょうか。

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丸薬の数をそろえる道具。子供の頃、薬と言えばあの独特の臭いの丸薬「正露丸」。

「正露丸」で検索してみるとおもしろいことが書いてありました。「ラッパのマークの正露丸」がもっとも有名ですが、「正露丸」は独占商標ではなく、多くの会社が同じ成分の「正露丸」を販売していること。また、正露丸は「征露(ロシアをやっつける!)丸」で、日清戦争時に感染症で多くの兵士を失った帝国陸軍がクレオソート剤(正露丸の主成分)に着目したところに由来するらしいこと・・・など。 15年ぐらい前になりますか、オフクロが常備薬の正露丸のふたをきちんと閉めていなかったため、旅行中正露丸がカバンの散らばりすごい臭い!結局そのカバン使えなくなってしまったことを思い出しました。やれやれ、良薬鼻に臭し。

Photo:CANON Powershot G9 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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大和売薬「くすりの町=高取町」こんな薬を知ってまっか?/奈良県高市郡

奈良県は高取町シリーズ。え~第何弾だっけ・・・。近鉄壷阪山駅の土佐街道周辺は高取城下でもあり、また大和売薬の製造流通の中心地だったようです。土佐街なみ集会所・夢創舘裏にある資料館で撮影しました。すぐ下の写真は現在の薬、○○リン、○○ポン、○○ダン、○○ミンなどお決まりの名前が付いてますね。 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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↑現在薬局で見られる大衆薬。耳に染みついた定番の薬っぽい名前が付けられている
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↑ これは古い薬。「血の道そめいさん」が気になる。三丁目の染井さん(誰?)のことではない。

『「人生が苦である」ということは、仏陀の人生観の根本であると同時に、これこそ人間の生存自身のもつ必然的姿である。(ウィキペディア)』であり、四苦八苦の「四苦」とは、「生、老、病、死」の四つだそうな。生きていく上でどうしても避けられない「病」の苦しみから少しでも逃れたい、逃してあげたいと願う気持ちは医学の高度化も普及もまだまだだった昔の方がより切実だったかもしれないですね。

 

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「雪の元」のキャッチコピーは昔の教科書のようです。 帝大の医学博士とオリンピック選手が保証するのだから効くに違いない!

膏薬「雪の元」のキャッチも頑張っているが、名前で気になるのは「そめいさん」の他、「ネットリ散」、それに「ノーピン」か。ネットリ散とカタカナ表記すると「ネット+離散」と連想、新たな社会問題が起きたのかと思ってしまう。「ノーシン」と「ノーピン」はどちらが登録が早かったのだろう。

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クマとダルマのマーク、きっと深い意味があるに違いない。「強さと倒れない」の願いか。 これは薬ではなく、くすりのオマケ。紙風船と鉛筆です。紙風船がうれしかった素朴な時代、少し知っている。

上の写真に「常備薬」とありますが、旅先にも持って行く自分の常備薬は、ビオフェルミンバッファリンドリエル。特にドリエルは慣れないホテルのベッドでも快適睡眠。歳をとるとシッカリ眠る睡眠体力が無くなってくるように・・・・・思います。つくづく。

Photo:CANON Powershot G9 ※写真をクリックすると拡大表示します。

 

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病院と言ってしまえば病院ですが・・・代々高取藩の御殿医として仕えたそうです/石川医院 奈良県高取町

今回も、奈良県下市群高取町。ここはれっきとした現役医院。皮膚病治療/アトピー治療などで県外から訪れる患者さんも多いとか。 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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石川医院(高取町下土佐) 旧高取城の下屋敷門。なお「醫」とは「医」の異体

この門は、明治政府に解体された旧高取城の下屋敷門をもらい受けたものらしい。もともと代々御殿医として高取藩に仕えた立派な家系らしいです。

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見取り図を描いてみました。クリックして拡大してください。 「患家御待合所」とある。「患家」とは今で言う「患者」のこと

待合所は独立していて純和風。「患家御待合所」を「患者のご家族様の待合所」と読んでしまったのですが「患家」とは今は使われなくなった「患者」の別の言い方らしいのです。

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「薬室」とある。たぶん薬をいただくところのよう。この右手のある「受付」もこんな感じ。 ここは新しい?石造りの建物で「診察所」

待合所や診察所、受付(薬室)などは別棟ですが、右上の写真のように半透明の屋根がかぶっていて建物間は土間のようです。

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なんとレトロ、あらためてレトロな扉です 土佐街道の遊歩道、石川医院の前を通る。こうしたプレートが幾つも埋め込まれてて薬の町らしい。

ちょっと診療を受けてみたくなるような、う~ん子供とかチョット勇気がいるかも。診療日にここを訪れることはないかもしれないけど、看護婦さん大正時代みたいなユニフォームで、先生は黒縁まん丸めがね・・・だったらちょっとやりすぎか。

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石川邸の一部。手前側が洋風石造りの診察所 近畿日本鉄道壷阪山駅下車徒歩10分

この道は土佐街道というらしい。土佐とはあの高知の土佐のこと。高取の隣は明日香村、600年代このあたりの都の造営とかで土佐から連れてこられ結局故郷に帰れなかった人たちがここに住んで「土佐」の地名だけ残ったようです。

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します。

 

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餅花(もちはな)でひな祭り~高取町土佐(奈良県高市郡)

近鉄壷阪山駅を下り国道を越えるとそこは薬の町「高取町」。高取町は置き薬の製造販売で有名なところ。近くには、枕草子にもその霊験を伝えられる壺坂寺(壷阪山法華寺)があり、また、日本三大山城として名高い大和高取城があります。見所いっぱい2週連続で高取町を訪れました。(地図 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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家の門口を飾るもちばな 竹の枝と紅白の餅で作るシンプルな飾り
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春のイベントで餅花作りの教室(高取町土佐)

お正月に、京都の西尾八つ橋本店で立派な餅花が飾られていましたが、こういうシンプルな餅花もなかなか結構なモノです。300円でゲットして自宅に飾りました。(おひな様折り紙付)

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酒屋の店先で見つけた酒樽がひな壇のおひな様。ここでは「濁り酒やたがらす(吉野町)」をゲット。19度のぴりっと刺激のあるフルーティーな日本酒で激うま!ヤタガラスは京都下鴨神社のマークでもありますが、神武天皇東征時に吉野山中でまよった天皇を導いた八咫烏(やたがらす)の伝説にちなむものだそうです。

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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関西を眼下に見下ろす、日本一の規模を誇る巨大な山城大和「高取城」~高市郡高取町

巽高取雪かと見れば、雪ではござらぬ土佐の城

その昔は、この歌のように白い城壁が幾十にも山を巻くように白く輝いていたことだろう。(標高583m) 大和なのに何故土佐城(高取の旧名)かという理由はこちら。  ※写真をクリックすると拡大表示します

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大手門の跡。下図では左下あたりでココを抜けると広大な二の丸が広がる。
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高取町観光ボランティアの会」から無断拝借してきた高取城絵図の一部(PDF)。是非同ホームページからダウンロードして眺めてほしい。

ここ大手門に至るまでの山道にも至るところに石垣が残り、「城内の面積は約10,000平米、周囲は約3km、城郭全域の総面積約60,000平米、周囲約30kmにも及んだ。(ウィキペディア)」という数字を読み返すまでもなく、当時の城郭が並はずれて巨大だったことを感じさせる。

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このクランクは城郭の櫓門によくある。ETCのゲートに採用したらイヤでも20Km/h以下になる。 絵図で上部の本丸の大きな櫓の下の石垣。この上にまだ広い地面が広がるとは想像していなかった。

この城の建設資材は現在残る石垣だけでも膨大だ。その石垣の材料は、麓の明日香村などからも調達され、相当量の古墳や石像などが石垣の材料になっているそうです。一部にはこういうのもありますよ。→「猿石」リンク

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絵図上部中央の大きな櫓跡の石垣から下二の丸方面を見下ろす。

下の写真広いでしょ。これが絵図の上部、高取山の最上部です。普通山城は頂上部にこんなに大きな平面は確保できないでしょ。しかし高取城は山頂周囲におそらくは大きな武家屋敷をいくつも持っていたと思われる石垣と平面があります。

 
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高取町の市街からほぼまっすぐ登ってくると、麓の遺構ほど崩れたり埋もれたりしているので「こりゃ上はたいしたこと無いのかな」と思っていると、だんだんすごくなっていく。恐るべし高取城!w(゚o゚)w

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100※写真をクリックすると拡大表示します

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狛犬(こまいぬ)さんは生殖するのか~獅子の生殖器に着目、その生態を勝手に想像する/京都府木津市

「狛犬さんの生殖器」 ほんとは結構あるのかもしれないけど、意識してその存在を確認したのはコレが初めてです。(「狛犬は角または角の跡がある。無いのは獅子」とどこぞに書いてあったのでこれは獅子?) ※写真をクリックすると拡大表示します。

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リアルな男性器!オスの獅子。口の中にはどうやって入れたのか石の玉が入っている。

リアルな2段ロケットが凛々しいですね。長い耳、美しい歯並び、デカイ鼻、タテガミ、美しいオス獅子です。

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オスらしい後ろ姿。タ○ぶくろも立派です。しっぽも結構おしゃれなスタイルではないか。 琵琶なのかバチなのか?こんなモノに手をかけてポーズしている。

じゃあ、正面向かって右手の獅子はどうなってるの???ってことで、雌雄判別のポイントでシッカリ観察してみよう。

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男性器のある場所には何も見あたらない・・・。顔の下に抱えているモノは何かわかりますか?

あるべきところに無い!他方があれほどリアルに付いていたのだから、これはメスでしょう。ライオンならたてがみのあるメスはいないけど獅子は空想上の動物だから良いでしょう。そして顔の下に抱えているモノは・・・

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クビの鈴状の飾りにじゃれついているのはお子様でしょ。こちらも半円形の道具に手をかけている。 念のためにおしりも拝見・・・・んっ?このふくらみは何?

 

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お尻の穴もリアルですが・・・その下の部分はタ○ブクロではありません。

まあリアルなお尻の穴だよな・・・と感心してふとやや下を見ると・・・地衣類(ちいるい)とよばれるワカメのようなものが貼り付いて少し分かり辛いのですが・・・ワカメではなくワ○メがシッカリ彫り込んであります! 
生殖もすれば繁殖もし排泄もし子育てもする。ああ、獅子(狛犬?)がすごく身近に感じてしまった今日一日でした。(幸福)

※「一般的には、向かって右側の像は「阿形(あぎょう)」で、角はなく口は開いている。そして、向かって左側の像は「吽形(うんぎょう)」で、1本の角があり口を閉じている。両方の像を合わせて「狛犬」と称することが多いが、厳密には、角のない方の像を「獅子」、角のある方の像を「狛犬」と言い、1対で「獅子狛犬」と称するのが正しいとされている。(ウィキペディア)」

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します。

 

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