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明治建築が残るJRレンガ橋脚の道~木津市鹿背山地区

「遺構の写真をブログに載せても華やかさが無いよなあ」と思いつつ、遺構好きの人間としては特に大好きな煉瓦造り遺構をできるだけアップしたと思います。今回は奈良市(奈良)、木津川市(京都)と京奈の接するこのあたり、意外に早く鉄道が引かれたけどその後そんなに発展しなかった(^_^;)関係で、明治時代の煉瓦造りの鉄道橋脚がわりと残っている木津川市 鹿背山地区(かせやま)に行ってきました。 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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学研都市線(旧片町線)木津小学校付近の跨道橋[かたまち002] 府道47号線-JR奈良線の跨道橋(木津駅のすぐ北側)[なら200] 実は下の道路の部分、かつて廃線化(明治40年)された木津駅-新木津(廃止)の線路が通っていた。

さて、上二つはJR片町線と奈良線、木津駅のすぐ北側~北西側にあるレンガ橋です。※跨道(こどう)橋の台部には「クルマをぶつけたら橋の番号とプレートの色を連絡しろ」って板が貼り付けてあります。(下の写真なら右台部にある) [カギカッコ]内はそのID番号です。

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鹿背山地区入って、関西線が北東から南東へその向きを変えるあたり[かんさい029]
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鹿背山地区青渕のあたり、角部は石が入っている[かんさい028]

これらのレンガはどこで焼かれたものですか?はい、地元鹿背山産です。この地域は平城京より北東の方角にあり、「土」が良かったらしく、昔からカワラの窯元が多く存在したらしい。また上薬も良く、銀色に輝くカワラが特徴だったとか。橋の写真を撮っていたら親切な地元の方が教えてくださいました。

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その方の庭に置いてある、橋桁を乗せる台座。現在のコンクリート製に変わる前のもの。もう一対(反対側分)もある。(奥:表面、手前:裏面) 現在発掘中のカワラを製造する窯の遺跡(京都府埋蔵文化財調査研究センターとある)

その他にガラスの材料となる硝石なども豊富で一時はガラス工場もいくつかあったとか。鹿背山に誇りを持っておられる事がよく分かる80代の男性でした。その方の指さす場所に写真上のカワラ窯発掘現場がありました。

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カワラ遺跡発掘現場のすぐ上手の鉄道橋。跨道橋ではないので先の番号は無し

sun おまけsun
先の関西線をJR加茂駅へと進んでいけば、以前にも紹介した「大仏鉄道の遺構」群にぶつかります。こういうの絶対手で触ります。明治という時代に直接触れられた気がして(共感はなかなかしていただけないけど)結構幸せな気分です。

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大仏鉄道遺構「ランプ小屋」(明治30年) 大仏鉄道遺構「鹿背山アバット」(橋桁を橋の両端で支える台のこと).大仏鉄道がこの上走っていた。

Photo:RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します。

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