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2008年5月

大化の改新談合の地「多武峰談山神社(とうのみね・たんざんじんじゃ)」/奈良県桜井市

大化の改新」の基本プランはここで練られた!談山(たんざん)神社の名前の由来は「談(かたらい)山(やま)」。中大兄皇子と中臣鎌足さんが結託して蘇我氏を討つクーデター計画はここで練られたという事らしい。※写真をクリックすると拡大表示します

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東大門(桜井側の門)。周りの石積みが立派なので城門のようだったのだろう
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東門のすぐ後ろの石積み。 談山神社への道には石垣が続く。最盛期にはおおくの伽藍が立ち並んだことだろう。

紅葉の新緑が美しい。この時期、太陽の反射光が軒下にも入って、緑色の光線が朱の建物に乱反射しているように感じる。 

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拝殿(重要文化財)室町時代の舞台造り 中は広い座敷いなっている。
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拝殿の舞台下 左側が拝殿、右側が本殿(重文 江戸時代)。

境内の左手奥から中臣鎌足・中大兄皇子密談の地「談い山(かたらいやま)」への道がある。(290m徒歩10分)小さいすり鉢の上のような場所だが、少ない人数でづけなくするにはこういう場所がよいのかもしれない。 

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神廟拝所(重文)中央は鎌足公神像。藤原氏の祖の鎌足さんなので、ここには藤原氏族の名字一覧(\100)があった。加藤佐藤伊藤などはもちろん何百か(藍沢~藁科)の名字を見ていると、日本人のほとんどが鎌足さんゆかりの人たちかと思ってしまう。
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神廟拝所(重文) 重要文化財 十三重の塔。

談山神社の参道をさらに山側へ登るとすぐ「西門(旧多武峰妙楽寺)跡」がある。山がV字に切れ込んだ隘路で、東門同様石積みは城門のにかなり堅固な造りだ。

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西門 この外側(明日香側)に女人禁制の柱あり。もちろん今は関係ないが。 西門から明日香村へ下る道。左から金剛、葛城の山並み。

談山神社をさらに登れば峠、ここからハイキング道を下ると石舞台古墳にでる。入社して間もない頃、石舞台側から自転車を担いで登って来たことがあるが、この道は自転車で下ることもできない。今ちょうど自動車道を建設中ではあるが、歩く方が万葉人の気持ちに近づけると思う。

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100※写真をクリックすると拡大表示します

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恋神社(こいじんじゃ)~多武峰談山神社/桜井市

「恋」にはさっぱり縁がない。そんなおじさんが多武峰(とうのみね)談山神社(たんざんじんじゃ)を散策していて恋神社に出逢う。鏡王女(かがみのおおきみ)が祀られているらしい。鏡王女とは中臣鎌足の奥さん(元・中大兄皇子の奥さん)で今は縁結びの神様。

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ここで万葉歌人や平安の貴族のように恋の歌でも一首・・・・・「音に聞こえた多武峰のもみじ葉はまだ青々しているが、いつか私の紅に燃える恋の炎で全山を染め上げることでしょうよ」って意味の歌を作りたかったけど・・・・・・解釈だけにしておきます。(できねぇ~っ!)

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神さんが宿るとされている「むすびの岩座(いわくら)」。これをなでて恋の成就を願う。で、なでてみたけど・・・頭に誰も浮かんでこない・・・・それも悲しい(T_T) 若い頃なら5~6人は浮かんだのに。

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飛鳥の亀石~見れば見るほど不思議な石/明日香村

いつ、何の目的で作られたかは不明・・・・ とウィキペディアの書き出しにある。川原寺の境界位置(南西角)を示すための石というのがもっとも有力な候補らしい。完成品ではなく製作途中だという説。また、その製作途中のものは天地逆さまにして作っているという説。

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先ほど試しに写真をPC上で上下逆にしてみた。甲羅の様に見えるのは削り出しの途中、目のような部分は、もしかしたら石棺のフタの滑り止め部かもしれない・・・とか考えてみた。でも・・・この亀石、シンプルな線でなんと味のある造形か。「謎の亀石」そう言われて、ムフフッと笑っているようにも見える。「石棺のフタでした!」と解ってしまうくらいなら、謎のままの方がきっと良い。

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木の実を見えれば口に入れ、魚を見ればすくいたくなる・・・のは50代のサガか?/磐余(いわれ)の道にて

桜井から飛鳥へ向かう古い街道「磐余(いわれ)の道」を歩いていてこれを見つけた。こういうものを見つけると飛んでいってまずは口に入れたくなる。自宅に帰れば自分は全く食べないオヤツが買いだめしてあるが、自分の子供の頃はそんなものはない。 こんな木の実、もう少し皮がざらざらして思い出すとツバの出るグミ、グニャリと頼りない熟れた桑の実。アケビに掘り残されたサツマイモ・・・

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地面も落ちた実でいっぱい、鈴なりの木の実、木の名前は知らないが食えるゾ!コレ

「洗わないと汚い!」なんて怒る人もいなかったっけ。そういえば、川魚の影を見つけると網はないかバケツはないかと、ソワソワするのは年寄りばかり。今の少年たちは「おいしそうな」木の実にも「手の中でビクビクッと動く」川魚にも、何とも思わない子が多いような、そんな気がするんだけど・・・。

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古墳三題:御利益?ご近所?鬼にご注意?~櫻井市から明日香村

御利益のある古墳「安倍文殊院東・西古墳」

先に紹介した「安倍文殊院(あべもんじゅいん)」(奈良県桜井市)いは境内にいくつかの古墳があり、その玄室に今はお地蔵さんが納められ知恵の御利益スポットになっている。※写真をクリックすると拡大表示します

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閼伽井窟(あかいくつ) 内部に枯れることのない湧き水が出る「知恵の泉」

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閼伽井古墳の内部(文殊院東古墳)
文殊院西古墳~安倍氏のどなたかの墓らしい
民家と超隣接した古墳「艸墓古墳(カラト古墳)」

同じく桜井市のカトラ古墳。写真では民家との隣接具合が分からないが、近づくと余地がなさ過ぎて撮影できない。古墳に登れば2階の人とすぐ近くで目があう・・・。またここへの道も相撲取りでは入れないような道を行くのです・・ふふっ。※写真をクリックすると拡大表示します

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こんなところ行っていいのかな・・・という道、自分を信じて進むこと

ヤバッ!鬼が使ってる古墳?「鬼の俎(まないた)、雪隠」

明日香村観光のメジャースポット。下の写真は雪隠(せっちん=トイレ)の方。竹藪の上の方に俎(まないた)があって、そこで人間を料理して喰う。そいでもってここで排泄という訳です。たまったもんじゃないですね。※写真をクリックすると拡大表示します

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鬼の雪隠と呼ばれる謎の石。実は古墳石室のふた部(下が入り口)
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鬼の俎(まないた)石室の基底部
巨石2パーツから成る立派な石室だ

実はコレ、この2つのパーツは1対で古墳の石室になる。上部パーツが上の竹藪から転がり落ちてきたらしい。それにしても見事な加工ですね。それぞれのちょっと離れすぎと思ったら、実は双子の墓で、現在ここにあるものはセットの違うフタと台らしいのです。へぇーっ。

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100※写真をクリックすると拡大表示します

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日本3文殊:安倍文殊院の春咲きコスモス~奈良県櫻井市

日本3文殊「安倍文殊院(あべもんじゅいん)」に咲き乱れる春咲きコスモスです。安倍というのは大化の改新後に左大臣になった安倍氏で左大臣といえば官職の最高位です。ここはその氏寺。※写真をクリックすると拡大表示します

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春咲きのコスモス。黄檗色やサーモンなど渋めの色合いがよい

『天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも』で有名な阿倍仲麻呂や安倍晴明もこの一族。ちなみに阿倍と安倍は平安時代あたりから変化していったようです。

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奥は本堂に掲げてある山号「安倍山」です
安倍文殊院の全景(華厳宗)

太古の昔も受験戦争の現代も、時代を問わず強くも偉くも幸せにも豊かにもしてくれるのは智恵。あ~あ、もっと智恵がほしいもんです。

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します

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大正8年の煉瓦造り 関西電力「大河原発電所」~京都府相楽郡南山城村

京都の産業遺産」(京都の技術・職業教育のホームページ)で知ってやってきました。普段よく使っている道路(163号線)から脇に入ってすぐにありました。大正8年のレンガ造り発電所です。※写真をクリックすると拡大表示します

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関西電力大河原発電所(大正8年/1919年)

京都電灯(株)や関西配電(株)という聞いたこともないような電力会社があったらしいのです。このあたり明治の頃は鉄道もそうですね。自分たちは最初から国有鉄道や国策の地域電力会社があったような気になってしまうのですが、もっと活力に満ちた前があるのですね。

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フェンスかなんかで入れないと思っていました。
梅林で有名な月ヶ瀬から流れてくる川
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りっぱに現役の水力発電所です。
窓をふさいだ跡でしょうか

わずか1000mほど上に当時の石積み堰堤(取水用)があるのですが、この日は前日から夜まで降り続いた雨で増水していました。当時の石積みはまた後日ゆっくりとのぞきに来ます。

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します

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煙の様なミニ竜巻のような・・・雨を呼ぶ「蚊柱」~木津川南山城村大河原あたり

昨日から今朝まで(5/10-11)冷たい雨rainが降り続き気温も低かったですね。雨も上がったので木津川の鉄橋でも見に行くかと南山城村大河原へやってきました。で、これcamera夕方4時頃、風もそんなに無く雨で湿った森の中にこんな煙のようなものがスウッと立ち上がり巻いていました。

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雨上がりの森の中に立つ「蚊柱」。コレが立つとまた雨が近いという

「蚊柱」です。蚊の生殖活動heart04と言うことらしいですが、生殖後の卵はmist水たまりやmist湿地に産み落とされます。そういう時期を選んで「蚊柱」が起こるので、「蚊柱が立つと雨が近い」と言われるよう。ちなみにYahoo天気情報ではこの地方明後日が雨の予報です。

Photo:CANON Powershot G9 ※写真をクリックすると拡大表示します

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片町線(現:JR学研都市線)の明治レンガ橋ウォーキング~JR同志社前駅からJR大住駅まで

あ~、まただよ。明治レンガの遺構見物シリーズ。今回は明治31年(1898)開業の片町線(現JR学研都市線)の同志社前-大住区間(約4Km:京都府京田辺市)です。※写真をクリックすると拡大表示します

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JRの路線は4km(徒歩6~7kmほど)比較的簡単にたどれます。(GoogleMAPより)

この路線は明治の時代、関西鉄道という会社(三重県四日市)が官設鉄道に対抗して路線を拡張したところで、明治40年(1907)鉄道国有法により国有化され、現在のJR関西線、学研都市線、奈良線、紀勢線、大阪環状線の前身となったよそうです(wiki:関西鉄道)。

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①防賀川トンネル JR同志社前、近鉄興戸から徒歩数分
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①防賀川トンネルの上部 水路橋だ。
①防賀川トンネルを通過する電車

このウォーキングには「京都技術・就職教育」のホームページより「京都の産業遺産~JR片町線の鉄道施設」を参考にさせていただきました。詳しい説明がありたいへん参考になりました。

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②馬坂跨線橋 地元では「三つマンボ」と呼ばれているらしい。
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②馬坂跨線橋 「JRが草刈りしてくれたので三つマンボ(トンネル)が見えるようになった」と書いてある。 ②馬坂跨線橋も水路をまたがせる橋だ。山手から木津川方向へ東西に幾筋かこういう水路が走る

関西鉄道」万歳!です。官に対抗して明治の時代、こんな立派なものを作ってます。もっともその後、この地域が爆発的に発展していたらこの遺構はとっくに消えていたことでしょう。けいはんな地域も急速に人口が拡大しているので、いずれ複線化工事で煉瓦トンネルは消えてしまうことでしょうねsad

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③天神川トンネル 北側(大住側)は煉瓦面が見える。
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③天神川トンネル 南側(京田辺側)はコンクリートで固められている。 ③天神川トンネル ここも上部は水路、その水路から南へ向かう電車を見る

上の電車はもっとずっと南側の大阪方面からやってくるのに、なぜか北側から進入してくる・・・。実は大住駅松井山手駅あたりを北端に生駒山をぐるりと北回りで迂回してくるため。生駒の裏側から西の大阪に通勤する私にとって、この理不尽さが耐えられずweep今では生駒をトンネルでぶち抜いた近畿日本鉄道さんのお世話になっている。

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④薪架道橋 見晴らしの良い田んぼの土手の上を電車が走るところ
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⑤小山川架道橋 反対側の入り口にはトンネル内まで蔦がはびこっている
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⑥手原川橋梁 あと数百mでJR大住駅の位置にある

おまけ編こんな煉瓦造りも発見しました。

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農道を通す小さな橋
溝その1
溝その2
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JR祝園(ほうその)駅のホーム下端にある煉瓦 ホームを高くしたのでしょうか?

最後のオマケはJR祝園駅のホーム。何度も見飽きたホームのはずなのに、なにげに向けた視線の先に「れ・ん・が?lovely」 上の写真camera右から立ち上がり線路面から約30cmで水平に。これは祝園駅(ほうその)の旧ホームでしょうか。現在のホーム両側とも同じです。コレは大発見!・・・と周りの人と共有できない喜びに一人scissorsガッツポーズのヘンなhappy01おじさんでした。

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します

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工場の屋根は「のこぎり屋根」でお絵描きしたオヤジの郷愁~旧天満紡績と木津市のノコギリ屋根

JR大阪環状線(内回り)で天満駅に近づくと、進行方向右手(環状線の外側)にこのレンガの建物が見えます。「天満紡績」の工場(たぶん最新鋭)として明治14年に建てられたようです。その後、何代か持ち主をかえて今は中西金属さんがオーナです。※写真をクリックすると拡大表示します

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側面の壁を見ると・・・この建物の歴史が書き込まれているようだ。
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倉庫のよう。右手がJR大阪環状線 改修を経ているようだが、元の古い建物が大事に使われてい

一番上の写真、建物の側面をよく見ると・・・専門家ではないので怪しいですが、次のような事が想像されます。(1)1階建ての建物に煉瓦を積み足して二階建てにした? (2)この煉瓦棟の手前にノコギリ屋根の工場建屋が接合されていた? ノコギリ屋根とは下の写真のような建物で、昔お絵描きで「工場」というとこのノコギリ屋根と煙を吐く煙突が定番じゃなかったでしょうか。

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木津市で見つけたのこぎり屋根。ここは明治44年に廃止された「新木津駅」のあった場所

インターネットで調べると群馬県桐生市がノコギリ屋根の宝庫らしいですね。織機等の音を拡散し、自然採光を得やすい構造として、あと、大きな空間の強度を得るためもあったのかな。逆に言うと、人工照明も少なく暑く騒々しいノコギリ屋根の下で新興日本のパワーを産み出されていたのでしょう。

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採光と音の拡散に有効な構造らしい
この建物の今。中は空っぽです。

今お絵描きしている子供たち、工場の絵はどうかきますか? 工場って外からわかりにくく、見えにくく、また入りにくくなってるから、描けない子供も多いかもね。何より工場をお絵描きしないかもしれないし。えっ?昔も描いてないって?(悲)

Photo:RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します

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霧島の庭~天台宗青蓮院門跡/京都市東山区粟田口

先の蹴上(けあげ)浄水場から山に沿って南にあるのが大寺院「浄土宗総本山知恩院」は有名。が、その途中に静かなたたずまいを見せるのが、この青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)です。「門跡寺院」とは「門主(住職)が皇室或いは摂関家によって受け継がれてきたお寺のこと(青蓮院ホームページより)」だそうです。 ※写真をクリックすると拡大表示します

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この大クスノキは植えられたのが13世紀というから800歳!こういうのが5本もあります!
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青蓮院内「霧島の庭」、もちろんその名前はこの赤いキリシマツツジにちなむ。今が満開!
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日本人も外国人観光客も一緒に庭を眺める!ここは床が2段なので欧米人も腰掛けやすい

ここは御所が火災になったとき仮御所「青蓮院旧仮御所」となったりして、その御座所等も立派です。お隣の知恩院の賑わいと比べるとずいぶん静か。派手さもありませんが、ゆっくりとした時を過ごしたいならここも良いかも。

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ぽかぽか陽気の一般公開「ツツジの蹴上浄水場」~京都市東山区粟田口

5月1日~4日は蹴上(けあげ)浄水場京都市上下水道局 京都東山区粟田口 地図の一般公開があります。浄水場というのも地味ですが見る機会は少ないし、また4,600本ものつつじも楽しみです。それともう一つこのブログお約束のお楽しみもここにはあります。※写真をクリックすると拡大表示します

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蹴上浄水場からの景色、インクライン軌道跡と南禅寺三門が見える。インクライン下のトンネルは「ねじりまんぽ

上の写真cameraで奥に南禅寺、手前にインクライン(傾斜鉄道)。前者は南禅寺水路閣と呼ばれるデカイ煉瓦造り水道橋があり、後者は琵琶湖から来た舟を岡崎までおろしていた設備。そしてここ蹴上浄水場も、明治の大工事琵琶湖疎水プロジェクトの関連施設です。

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浄水場のろ過池(奥は南禅寺) 来場者に配布されていた災害様備蓄飲料水「疎水物語」
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明治のレンガ建築「第一高区配水池」の一部

で、お約束は下の写真camera明治のレンガ建築「第一高区配水池(だいいちこうくはいすいち 明治45年4月)」です。大きな配水池の片側に建つ施設ですが、4本お城の塔の様なものがくっついています。隙間から中を覗いてもガランドウに見えます。もしかしたら意匠的なもので当時もそうだったかも。当時としては超最新鋭の設備だったのでそれらしい外観が必要だったのでしょうか。

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暑くもなく寒くもなく、良い心地の一日でした(2008/5/1) 新しい施設もレンガタイルが貼られていて、古い建物に敬意を表しているようでした。

Photo:CANON Powershot G9, RICOH Caplio GX100 ※写真をクリックすると拡大表示します

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清水寺にある京都最古の縁結びスポット「地主神社(じしゅじんじゃ)」~京都市東山区

京都の絵はがき3枚選べっていうと必ず入ってくる(と思う)のが東山の清水寺。京都観光のメッカ、清水坂の華やいだ雰囲気、最初に出向かえてくれる朱のまぶしい清水寺仁王門。そんな目の回るようなにぎやかさの中で、気にはなってたんですが、ここ地主神社はこれまで訪れることがありませんでした。※写真をクリックすると拡大表示します

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清水寺の音羽の滝(清水寺の舞台より)
ここが入り口の鳥居。失礼ながらおみやげ屋の集まったところと思っていた 清水寺の舞台から見下ろす「音羽の滝」 清水寺の清水寺の始まりで寺名の由来する

 

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地主神社(じしゅじんじゃ)本殿(重要文化財)
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地主神社(じしゅじんじゃ)のおみくじ 若い女性でにぎわう

実は、清水寺の本堂、釈迦堂、奥の院などと並び地主神社の本殿・拝殿は、清水寺の懸造り(かけづくり)として世界遺産登録されているそうです。清水寺開創の縁起となった音羽の滝を中心に、各堂が周囲の斜面にもたせ懸けて作られている構造を言うそうです。

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地主神社の拝殿
地主神社の栗光稲荷 商売繁盛・家内安全・開運招福

まあ、写真でも分かるように圧倒的に若い女性が多いわけですが、その関心事は地主神社の縁起でも懸造りでもなさそうです。自分も、小学校の修学旅行、独身時代のデート、親類のガイド、そしてこうしてオヤジ一人歩きの時・・・と、みな違うものが見えて、違うものが見えていないような気がします。

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