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明治から今に続く薬の歴史、薬が薬っぽく聞こえるネーミングも明治から・・・~大宇陀「薬の館」にて/奈良県宇多市

下の薬は、大阪田口(田口健吉)の風邪薬「ヘブリン丸」の登録商標です。明治23年といいますから知らなくて普通です。このヘブリン丸で商いを始めた大阪田口がこの7年後発売した薬が、今日まで続いているロングセラー商品となったのです。 ※写真をクリックすると拡大表示します。

Sante01
ところがこれ↓は多くの方がご存じ。明治30年からの超ロングセラー参天製薬の「大学目薬」です。明治30年の日本は驚くほど眼病が多く、瞬く間にこの大学目薬は日本国中に広まったそうです。大阪田口は名前も参天製薬に改めました。
Sante02
さて、下の看板は参天製薬とは関係ありません。太田胃散の金看板です。金看板ていうのはよくわかりませんが「許可証」のようなものいったりします。この薬の金看板はそうではなくて(たぶん)ポスターのようなものではなかったかと思うのですが正しいでしょうか。
Otaisan
太田胃散は明治12年「初代太田信義、日本橋呉服町十一番地にて雪湖堂を創業(同社ホームページより)」ですが、あの浅田飴(浅田宗伯)は明治26年ころから広まったらしい。大正になって携帯性に優れた固形飴の製品を開発し今日まで大衆の薬として広く愛用されています。
Sadaame

正露丸や葛根湯のように、会社名とか登録商標でない薬なども含め、XXミン、XX丸、XX丹などのネーミングは、正露丸などのようないわゆる薬臭さと一緒に日本人の脳みそに刷り込まれていますよね。これ読んでる人は、気のせいか薬の匂いや味がしてきたように感じてませんか?
「薬の館」は、古い町並みが保存されている宇陀市大宇陀松山にあります。松山地区の観光サイトを参照してください。

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