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角屋もてなしの文化美術館・京都島原の揚屋「角屋(すみや)」 ・・・ 京都市

京都の花街「島原」の2回目、今回は揚屋(あげや)の「角屋(すみや)」。現在では「角屋もてなしの文化美術館」として公開されている。(JR丹波口駅近く)。「揚屋」の語源は、当初は一階部が生活空間で二階にお客をあげて利用させる形態から来ているという。 [画像クリックで拡大表示します]

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↑「蔓三つ蔦(つるみつづた)」は角屋の家紋。「揚屋とは娼妓を養わず、客至れば太夫を置屋より迎えも饗すを業とする也」(同館パンフより)というお店で、宴会場のこと。ただし、大夫やたいこもちなどは客の求めに応じて置屋などから呼ぶこと。大座敷や茶室などを備えること。料理は店内で調理して出すことができること・・・などが揚屋の条件となる。
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↑ここが揚屋「角屋」の玄関口。ここを近藤勇や芹沢鴨が通った。写真右側に白い札が見えるが、そのすぐ下に刀傷があり「新鮮組が付けた刀傷」とある。たとえ鎌でつけた傷だったとしても「新撰組の刀傷」といわれると重みを感じてしまう。
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↑帳場から玄関口を覗くとこんな風に見える。帳場は100畳敷きの台所の玄関側にある。基本一見(いちげん)さんお断りのツケ払いなのであまり警戒厳重ではない。
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新撰組スタート時に近藤勇と局長を担当した芹沢鴨(せりざわかも)はあまりの酒乱がひどく、新撰組統括の松平容保(かたもり)公が近藤に粛清を命じた。その前準備となる芹沢先生を囲む会大宴会が開かれたのがこの角屋。芹沢鴨はいったいどんな様子でこの玄関を上がったんだろう。
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血なまぐさい話も多い幕末の京都だが、揚屋は社交場。武器を持ってはお洒落じゃないし宴会も盛り上がらない。そこで、こうして入口近くにある刀箪笥に刀を預けるルールだった。土方歳三の愛刀「和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)」もここに入っていたのか。
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揚屋の特徴は厨房を持って料理を賄えること。ここ角屋は100畳もある厨房と配膳場を持つ。床は段差をなくし活動しやすく、また床下収納などの収納設備も充実している。↑下で釜炊きをしているが、煙は左右の開閉式窓から入る空気が天井の開口部へと流れを作り、自然排気されるしくみだ。
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↑縁があって、庭を愛でて茶の湯にふける。庇が3mもありながら柱が全くない。天井裏に太く長い木が渡してあって、庇をはね上げている構造らしい。庭と広間の間にさえぎるものが全くないのだ。
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↑さえぎるものがないと言えば上の茶室どうだろう。障子が見えているがその障子戸は・・・手前の壁のものではなく奥の障子だ??? つまり茶の湯をしている人を見て楽しむための手前の壁が無い!構造なのだ。遊ぶを追求する、もてなしを追求する、江戸時代の京都社交文化。その雰囲気の一端をここで知ることができる。 [画像クリック:拡大表示]PHOTO * Nikon  D90 + Nikon AF-S DX NIKKOR 35mm F1.8Gほか (京都市下京区西新屋敷)

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関西ひとり歩き~京都(京都市内)」カテゴリの記事

コメント

1枚目みたいな板壁の続く景観、好きです。
幕末の風を感じる。知らんけど。
置屋、揚屋、茶屋、そーいう違いがあったとは知らんかった。
大変ベンキョーになりましたm(__)m
今年行きたいな~。

投稿: テンペイ | 2009/09/27 22:21

はい、今回京都壬生界隈を歩いて勉強してきました。志士も新撰組も揚屋の入口で無粋な刀は預けるルール。揚屋の隣り同士の宴会場で志士と新撰組が宴会をする。置屋から○○太夫や芸妓の誰ソレがやってくるわけです。ちなみに太夫も花魁も女性職の頂上ですが、太夫は歌や音曲などのたしなみがあり、花魁はそれがなし。太夫の帯は心という字に結ばれ、花魁はだらりと垂れる・・・知らんでも時代劇は見れますけどね。(*^^)v

投稿: TAAさん | 2009/09/27 22:35

お詫び:
文書の修正ミスで、上記「輪違屋」の2コメントがこちらに移ってしまいました。お詫びいたします。

投稿: TAAさん | 2009/09/28 23:18

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