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七世紀の横穴(おうけつ)墓と奈良時代のお寺、平安時代の鏡が結びついた!「女谷・荒坂横穴群 女谷D支群」現地説明会

このブログで遺跡現地調査の掲載は「複数棟の巨大建築物群・纒向遺跡(まきむくいせき)/桜井市」、今月の「謎の方形区各施設・秋津遺跡/御所市」、に続き三回になります。絵はどれもハゲ土に穴が掘られてるだけ・・つぇばそれだけなんだけど、テーマは皆違うのでにわか考古学ファンでも飽きることはありまへん。今回は横穴(おうけつ)群で、これは7世紀飛鳥時代頃のお墓です。ただ横穴そのものは、すでにこのあたりで調査完了のものだけで50基、未調査分を加えるとゆうに100基を超える横穴地帯[地図]の丘陵で、ん?今回はどう違うのでしょうか? [画像クリックで拡大表示します]

女谷・荒坂横穴群 女谷D支群」現地説明会
↑8基の横穴(おうけつ)が発見された。このあたりではすでに50基が発見されている。
Img_0002
↑天井部を壊したのではなくて、すでに陥没している天井部を取り除い発掘する。
重要な鍵は,今回玄室内から発見された青銅の鏡「瑞雲双鸞八花鏡(ずいうんそうらんはっかきょう)」でした。瑞雲とはめでたい兆しの雲、双鸞とはふたつの鸞(らん)という架空の鳥(※今回の鏡では3つ?)。八花は縁に八つの花形がデザインされている、という意味です。で、その八花鏡は、平安時代初期のものなのです???
女谷・荒坂横穴群 女谷D支群」現地説明会
女谷・荒坂横穴群 女谷D支群」現地説明会
↑高坏は不浄な地面から食べ物を離すためとか
↑死者とともに食事をした食器を一緒に埋葬
女谷・荒坂横穴群 女谷D支群」現地説明会
女谷・荒坂横穴群 女谷D支群」現地説明会
↑土砂運搬用のベルトコンベア
↑瑞雲双鸞八花鏡
今回の瑞雲双鸞八花鏡は中国のオリジナルのレプリカとして国産化されたものだそうです。でこの時期のものは粗悪。オリジナルの中国鏡に粘土を押し付けて方を取るので模様がハッキリしない。さらに乾燥等の過程で型が小さくなるなどの特徴をもっています。ではなぜ、飛鳥時代の墓に平安時代の埋葬物が・・・?
女谷・荒坂横穴群 女谷D支群」現地説明会
京都埋蔵文化調査研究センターの方が解説してくださいました。
女谷・荒坂横穴群 女谷D支群」現地説明会
↑最も大きい横穴の玄室の広さは3.5x2.6m、 高さは1.8mあるそうです。
実はこの丘陵の奥に「美濃山廃寺跡」という遺跡があって、これは奈良時代のものということがわかっています。これで飛 鳥時代→奈良時代→平安初期がつながるのです。美濃山廃寺がこれら横穴と深く関係(墓所の管理、慰霊をしていた)していたことが明確になってきたのです。
女谷・荒坂横穴群 女谷D支群」現地説明会
↑入り口部には木の扉が設置されていて、入り口から玄室奥までが、15.4m~10mある

つまり、
1.飛鳥時代ある一族はこの丘陵を墓所として100基以上の横穴墓を作った。
2.時代が変わり都が変わり、土葬(=巨大な墓)の習慣が無くなった奈良時代でも、この地を先祖の墓所としてしっかり認知していた。
3.奈良時代、時のリーダーは先祖の供養・墓所の管理のためここに寺(美濃山廃寺)を建立した。
4.後に平安時代になってそのリーダーが死に、彼の功績をたたえ埋没をまぬがれていた横穴に併葬し、平安初期の仏具である青銅鏡(瑞雲双鸞八花鏡)を共に埋葬した・・・
というストーリーが推測されているようです。ほらほら、断片でも根気よくつなぎ合わせていくと、いつしか全体像が見えてくるでしょう。推理力と想像力という接着剤は非強ですけどね。

 [画像クリック:拡大表示] PHOTO * Nikon D90 + AF-S DX NIKKOR 16-85mm F3.5-5.6G ED VR (京都府八幡市美濃山)

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コメント

う~ん。ロマンですねぇ。やっぱり古代史はロマンが溢れています。八幡市のHPに美濃山廃寺の調査資料が掲載されていますが、どうも誰が作ったのか?は言及されていないようです。人物が浮かび上がってくると更にワクワクしてきますね。

投稿: James | 2010/01/31 19:03

>Jamesはん
今日は町内で遺跡説明会があったのですが雨がひどくなって一日ひきこもりでした。やはり新聞報道とかあっても、現地説明会で実物と研究員さんの説明を聞くとわかることというのが沢山あるので出来る限り参加しようと思ってます。

投稿: TAAさん | 2010/01/31 22:17

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2010年1月20日の新聞発表で、「橿原考古学研究所が奈良県御所市秋津遺跡で、両 [続きを読む]

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