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2012年2月

行場へ続く鳴川の谷 ・・・ 元山上千光寺と修験道の行場/奈良県生駒郡平群町鳴川

鳴川、鳴沢、鳴滝、鳴門・・・どれも、昼夜を問わず水音に満たされ、特に陽が落ちおればそのやまない音が余計に、後ろにある恐ろしい沈黙を知らせているようで、心を縮ませてしまいそうな地名である。 [ 画像はクリックすると拡大表示します ]

行場へ続く鳴川の谷 ・・・ 元山上千光寺と修験道の行場/奈良県生駒郡平群町鳴川

鳴川という細く急な川が生駒の山に細い谷を刻んでいる。

行場へ続く鳴川の谷 ・・・ 元山上千光寺と修験道の行場/奈良県生駒郡平群町鳴川

そしてその谷も流れも絞るように細くなっている場所が、かの修験道の祖・役行者(えんのぎょうじゃ)が修行した場所なのだ。

行場へ続く鳴川の谷 ・・・ 元山上千光寺と修験道の行場/奈良県生駒郡平群町鳴川

上の写真の石の橋から川に降りると↑この行場がある。行(ぎょう)をする場所なので行場なのだが行き場とも読める。「行」と「行く」ということは何かしら関係があるのだろうか。

行場へ続く鳴川の谷 ・・・ 元山上千光寺と修験道の行場/奈良県生駒郡平群町鳴川

この場所から細い川に沿って坂道を上がると、次第に踏道は川を離れ急傾斜を登る。

行場へ続く鳴川の谷 ・・・ 元山上千光寺と修験道の行場/奈良県生駒郡平群町鳴川

斜面を登る膝が胸に着くほどの坂道を上がると名前の付いた巨石が点在する行場。さらに進めば元山上千光寺の裏手に出る。↑ホラ貝を模した御手洗。

行場へ続く鳴川の谷 ・・・ 元山上千光寺と修験道の行場/奈良県生駒郡平群町鳴川

千光寺への道にある通称ゆるぎ地蔵。鎌倉時代からここにあって多くのの信仰を集めていたらしい。一本の細い谷は周りと隔絶された一つの世界のようだ。 [ 画像はクリックすると拡大表示します ] photo:nikon d90 ,sony nex5n →iPhoneで画像加工

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役行者(えんのぎょうじゃ) ・・・ 修験道の霊場 元山上千光寺/奈良県平群町

私と役行者との出会いは1973年(昭和43年)、第四次中東戦争なんちゅう物騒な事態が勃発し石油危機から「省エネ」という言葉が初めて登場した時代にさかのぼる。 [ 画像はクリックすると拡大表示します ]

役行者(えんのぎょうじゃ) ・・・ 修験道の霊場 元山上千光寺/奈良県平群町

古い人ならご存じのNHK15分ドラマ、そう辻村ジュサブローさんの何百体もの人形が生き生きと活躍する「新八犬伝物語」だ。

役行者(えんのぎょうじゃ) ・・・ 修験道の霊場 元山上千光寺/奈良県平群町

あの八つの玉の数珠を授けたのがほかならぬこの役行者(えんのぎょうじゃ)様なのだ。

役行者(えんのぎょうじゃ) ・・・ 修験道の霊場 元山上千光寺/奈良県平群町

役行者(役小角)は実在の人物らしくで修験道の開祖なのだ。実はマスター・ヨーダの師匠であったということはあまり知られていない。

役行者(えんのぎょうじゃ) ・・・ 修験道の霊場 元山上千光寺/奈良県平群町

吉野の大峰山などがこの修験道山岳信仰の大聖地になっているが、ここ千光寺(奈良県平群町)は660年頃行者が修行した地だと千光寺の説明にはある。 [ 画像はクリックすると拡大表示します ]

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村の看板犬 かどうかは知らないけど、バンクのおとうさんやワサオに近い存在感はあるかも?

修験道の霊場、元山上(もとさんじょう)千光寺にほど近い鳴川村の道路脇に彼はいた。 [ 画像はクリックすると拡大表示します ]

村の看板犬 かどうかは知らないけど、バンクのおとうさんやワサオに近い存在感はあるかも?

吠えるでもなく、愛想を振りまくわけでもなく、眠そうににあくびするわけでもなく・・・こうして坂道を上り下りするハイハイカーを眺めている。これオオカミだったら「山のヌシ」かなぁとか思ったりするんだけどなぁ。 [ 画像はクリックすると拡大表示します ]

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法華寺から秋篠寺 佐紀路を行く 「冬に緑鮮やかなコケの庭」 /奈良市

「A Rolling Stone gathers No Moss」って「転石苔むさず」だって。苔むすって苔を蒸すんじゃないっすよ。苔がシッカリ生えそろうみたいな意味でしょうか。

法華寺から秋篠寺 佐紀路を行く 「冬に緑鮮やかなコケの庭」

Wipipedia眺めていて面白いなと思ったのは、「転石苔むさず」の解釈が英国と米国で違うこと・・・「腰を落ち着けて長く一つのことを続けないと成果は上がらない(英)」 「活動を続けている人は古びない(米)」なんだそう。

法華寺から秋篠寺 佐紀路を行く 「冬に緑鮮やかなコケの庭」

日本の会社の重役が言いそうなのは英国型でしょうか。君が代も似たような意味ですもんね。小砂利が固まって巨岩になって苔がむすほどの長ぁ~い時間と言うことでしたっけ。

法華寺から秋篠寺 佐紀路を行く 「冬に緑鮮やかなコケの庭」

倒木などに苔が着いていると、あー確かに倒れてずいぶんたったモノだなーと思いますね。この秋篠寺のお庭もそうでしょうか。

法華寺から秋篠寺 佐紀路を行く 「冬に緑鮮やかなコケの庭」

ところでこういう苔庭ってどうやったら出来るんでしょうか。いじったらさっきの話じゃないけど苔が着かないですよね。隙を見せたら雑草だって生えるし・・・

法華寺から秋篠寺 佐紀路を行く 「冬に緑鮮やかなコケの庭」

どこかの造園屋さんのホームページを見ていたら人工栽培した苔のシートを貼り付けて苔庭を造れます、と書いてあった。

法華寺から秋篠寺 佐紀路を行く 「冬に緑鮮やかなコケの庭」

なるほど苔シート(当時は天然)を引っぺがしてきて一気に貼れば雑草が入る余地も無しですか。落ち着くまでは湿気の管理とかきちんとするんでしょうね。

法華寺から秋篠寺 佐紀路を行く 「冬に緑鮮やかなコケの庭」

ちなみに関東は関西に比べ苔が定着しにくいので年に一度種まきをするのが良いとのこと。でちゃんと種も通販で買えるんだ。我が家も勝手に苔庭化してた場所があったんですが、じめっとしてるから取っ払ったけど残しときゃよかったかなぁ。
(Photo: SONYαNEX-5N  +  NIKON AF-S DX NIKKOR 35mm f/1.8G )

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銭司聖天は「金銭を司る聖天様」をお祀りしております/光明山聖法院(京都府加茂町)

(平城京に近い)この地に鋳銭司(ちゅうせんし)、今の造幣局が設けられ貨幣を鋳造していたため、現在の銭司と呼ばれるようになりました(同院HPより)」。木津川の谷間にあるこの地を加茂町銭司(ぜす)と言い歴史のある場所なんだなぁとちょっと感心してしまいました。

銭司聖天光明山聖法院

境内はどの伽藍も新しく、何より驚いたのは境内あちこちに様々な仕掛け?と浄財箱が設置してあることです。↑これは閻魔様の手で「木片を買って切りたい縁を書きこの穴に投げ込めば供養します」とか・・・

銭司聖天光明山聖法院(加茂町銭司)

この和同開珎に受付で何千円かで売っている金箔を貼れば金運が向上するとか・・・↓巨大なダイコンに願い事を書けば成就するとか・・・。「なんでダイコンやねん!」という方のために、仏教的に「大」という字はどうで「根」という字はどうなのだみたいな説明も付いています。

銭司聖天光明山聖法院(加茂町銭司)

同院hpにも「特に金運向上に対して御利益があります」とあり訪れる方も金運アップが多いよう。なるほどオカネで金運を買う仕組みというのは分かりやすいです。不便な場所であってもシッカリとアイデンティもってやっていくことって大事だと思いました。銭司聖天光明山聖法院  

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寒いよ~ 冬の森の中で(2)

ホント寒いじゃなか!と誰に言っていいか分からない怒りに打ち震えていたら、誰かが「これって平成一寒い記録なんだってさぁ」とか言っている。 [ 画像はクリックすると拡大表示します ]

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平成一番ってそんなに経ってねぇじゃねぇか・・・と一瞬思ってしまった自分の年寄り時計が腹立たしい。あーまた怒ってる。

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たまたま昨日お茶室でサボっているところへ総務の女子社員。「そういやぁさぁ社員旅行写真でアンタのスッゲェ若い頃の写真見てさぁー、ケケケッ、イケてんじゃん」 (結構うざい物言いであるなーと反省)

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「そりゃそうですよ、平成三年の新入写真の時のですから」 あの平成小渕さんももういない・・・もう平成も24歳だもんなぁ。そいでもまだ昭和に生きた時間の方が長いのには改めて驚く・・・。 [ 画像はクリックすると拡大表示します ]

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