関西ひとり歩き~和歌山

地面のフタ? 昔は這いつくばって隠れるヤツと、空高く目立つヤツ ・・・ 友が島/和歌山市加太町

落ち葉に埋もれた塹壕のような通路を進むと、さび付いて動かない分厚い鉄扉があります。そこから入ると、地平面とすれすれに作られた窓のある円形の不思議な構造物。外から見たらまるで地面のフタのようです。 [画像クリックで拡大表示します]

由良要塞と友が島灯台/和歌山市
↓地面にかぶせられた鉄のフタ。丈夫のコンクリートははがれかけてますが土もかぶっていたのでは。
由良要塞と友が島灯台/和歌山市
↑紀淡海峡の灯台のある見晴らしの良い高台。ここで着弾観測を行っていたのでは。
由良要塞と友が島灯台/和歌山市
↑明治3年(1870年)着工1872年より点灯された友が島灯台。現在は日本第2位の明るさを誇る。

この明治の要塞(由良要塞)と、明治生まれの友が島灯台はともにこの場所にあったので、かたや地べたに貼り付いて隠れているし、一方はさんさんと紀淡海峡を照らしているし、なんだか不思議な関係ですね。

 [画像クリック:拡大表示]PHOTO *Nikon D90 + AF-S DX NIKKOR 16-85mm F3.5-5.6G ED VR (和歌山市友が島)

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敵艦隊を紀淡海峡で封鎖せよ!要塞の島(4) ・・・ 友が島・第三砲台/和歌山市加太町・友が島

紀淡海峡を挟んで、淡路島由良-友が島-和歌山加太町ラインを防御する由良要塞。今回の第三砲台は標高110m、島の最高部に近い場所に設けられ、友が島側要塞の中でも最大級のものです。[画像クリックで拡大表示します]

由良要塞/友が島・第三砲台/和歌山市加太町・友が島

↑ここには友が島の要塞最大の28cm榴弾砲が1砲座(絵上の写真)に2門ずつ、4砲座計8門が一直線に並んでいました。その4砲座は現在も上の写真のような状態で全て残り、地上部、地下部の小さなトンネルで相互につながっています。

由良要塞/友が島・第三砲台/和歌山市加太町・友が島

↑砲座間をつなぐ地上部のトンネルは、上の写真のように一部水につかっていますが、排水路がシッカリ活きているのか2,3cm程度の深さで床面もシッカリしているので、トレッキングシューズなら問題なく通過できます。驚くのは、この砲座間のトンネルの中間からさらに下の火薬庫にいくトンネルや通路があるのですが、全く水没などせずゴミや瓦礫もなく、普通に歩行できることです。もっとも最低限ペンライトぐらいの灯りは必要ですが。[画像クリックで拡大表示]

由良要塞/友が島・第三砲台/和歌山市加太町・友が島

↑他の砲座でも見られる火薬や砲弾などを一時的に置くスペース。実戦で砲弾が飛び交ったことはないので保存状態は良好です。大砲は戦艦などのモノと違いシェイカーのようなずんぐりしたものがむき出しで回転台の上に設置されています。28cmり榴弾(りゅだん)は1発が217Kgほどあるそうで、以前活躍した横綱曙(あけぼの)が空に向かって飛んでいくイメージですね。

由良要塞/友が島・第三砲台/和歌山市加太町・友が島

↑大砲は、最大角65度で空に打ち上げられ、砲座の人達から落下点の様子が見えません。そこで、砲座上のこの高見から砲台長が着弾観測をするのです。この鍵穴から右手の海を望遠鏡で観測し砲座に方向や角度の修正を指示するんですね。鍵穴の手前は↓下写真のように深く落ち込んで、おそらくはしごがかけられていたんでしょう。

由良要塞/友が島・第三砲台/和歌山市加太町・友が島

↓そして、その下の細いトンネルは下の砲台や、さらに下の火薬庫へとつながっています。これらのトンネンルは真っ暗で目をつぶっているのと同じ暗さ。でも平坦で足下に何も落ちていないので眼をつぶってでも歩けます。まあそうしない方が望ましいとは思いますが。白い漆喰がレンガの上に塗られており、現在も残っています。

由良要塞/友が島・第三砲台/和歌山市加太町・友が島

↓下の写真は砲座のさらに下にある棲息掩蔽部(装薬庫)です。右手が入り口で地面を掘り下げた運搬用の広い道路があります。左側は庫の奥で窓のようなものが見えますが、人一人が普通に歩けるぐらいの細いトンネル通路がこれらの弾薬庫群を巻くように通っています。

由良要塞/友が島・第三砲台/和歌山市加太町・友が島

↓これが棲息掩蔽部(せいそくえんぺいぶ:装薬庫)を外側から見た写真です。手前から4連の倉庫、奥に1本の倉庫があります。ここは友が島ウォーキングの名所なので比較的ハイカーが訪れます。ライトをお持ちでない方はトンネンルに入ってこないようですが、カメラのAF補助光やケータイのライトでも目が慣れれば歩けますの是非挑戦を!

由良要塞/友が島・第三砲台/和歌山市加太町・友が島

↑この通路の先を左に曲がると、日当たりのより広場のような場所があり、そこに当時にの発電所と兵士の居住棟跡があります。銃眼がその先にある切り通しの門をにらんでいますが、まあのんびりした感じです。その門を通り抜け数百mの遊歩道を下れば、友が島ウォークの起点・船着き場に戻ります。[画像クリックで拡大表示]

[画像クリック:拡大表示] PHOTO * PHOTO *Nikon D90 + AF-S DX NIKKOR 16-85mm F3.5-5.6G ED VRほか (和歌山県加太町友が島 

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ヤブツバキ(やぶつばき) ・・・ 友が島/和歌山市

4月に尋ねた友が島の展望台からの風景です。島には派手な花は咲いてないのですが、森の中で時折見かけるヤブツバキの赤が印象的でした。 [画像クリックで拡大表示します]

和歌山県加太町友が島
↑友が島の展望台から見る景色。空気がまだ春らしくかすんでいる。
和歌山県加太町友が島
↑深くもなく高い木もない明るい森が多い友が島。日差しがあるので赤が冴えます
和歌山県加太町友が島
↑一番上の景色はこの展望台から撮りました。このすぐ近くが要塞の第三砲台跡。

まだ、由良要塞友が島第三砲台(最大級)跡のレポートを載せてないのですが、近々アップします。(^-^;

 [画像クリック:拡大表示]   PHOTO *Nikon D90 + AF-S DX NIKKOR 16-85mm F3.5-5.6G ED VRほか (和歌山県加太町友が島  

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敵艦隊を紀淡海峡で封鎖せよ!要塞の島(3) ・・・ 友が島・海軍聴音所跡/和歌山市加太町・友が島

紀淡海峡を挟んで、淡路島由良-友が島-和歌山加太町ラインを防御する由良要塞は、重砲兵連隊が配備される帝国陸軍の施設です。なのでここ友が島・海軍聴音所は、ここではちょっと異色な軍事施設ですね。[画像クリックで拡大表示します]

友が島・海軍聴音所跡
↓砲台巡りメインコースから外れ、よく整備された木々のトンネンルの山道を数百m行くと海軍聴音所があります。休日の昼下がり、ここは風のざわめきと鳥の声しか聞こえません。
友が島・海軍聴音所跡
↓坂道が下り坂に変わった場所から下を見るとこの入り口、手前の平地には居住区か、建物があったらしき形跡があります。聴音(ソナー)とは海の中の音を聞くこと。ここの仕事は機雷とセットの水中マイクから紀淡海峡を行く船舶のスクリュウ音を拾い、敵が来たら機雷を爆発させたり駆逐艦を呼んだりすることだったようです。[画像クリックで拡大表示]
友が島・海軍聴音所跡
↓おそらくここがメインの区画だったのでしょう。ここで何十人もの人が一日中水中の音に耳を澄ましていたんでしょう。今ならコンピュータ解析で船舶のスクリュー音から何千という船舶を特定できるんでしょうけどね。
友が島・海軍聴音所跡
↓もちろん異音を感知すると目視で確認、あるいは併用していたのでしょう。この窓の前面はすぐ崖になっており、太平洋(南)に向けて視界が広がってします。この施設は発見されて十年もたってないなんて信じられますか?
友が島・海軍聴音所跡
↓さらにその建物上部にはこんな見張用の構造物(監視台)が。おそらく監視要員が交代で望遠鏡かなんかで監視していたんでしょうね。
友が島・海軍聴音所跡
↓下の階との移動用の穴と思われますがハシゴはもうありません。建物の外側から1.5mほどよっこらしょと登るわけですが、歳をとったせいか結構辛いものがあります(^-^;。
友が島・海軍聴音所跡
↓崖側(南)側から観測窓(1F)を見ると半地下の上に岩でカムフラージュされ、おそらく下方からは見つけにくいことでしょう。この建物の上が先ほどの監視台ですがよく見えませんね。
友が島・海軍聴音所跡
↓こんな景色が眼前に拡がっています小さな帆を着けた鯛釣り船が紀淡海峡にばらまかれてますね。。太平洋戦争時にはこの水上に敵艦が通るのを見ることはな かったでしょう。制空権を失った上空は素通り、終戦間際は潜水艦が抜けていったかもしれません。
友が島・海軍聴音所跡
↑海中の音を一日中聞いている・・・というと何かロマンチックな感じがしないでもないですが、緊張感を持続するのが結構しんどいのでは? 一周巡るのに半日もいらないこの小さな島での兵士達の日常、休息、娯楽、陸軍との関係・・・どんなだったんでしょうね。[画像クリックで拡大表示]

[画像クリック:拡大表示] PHOTO * PHOTO *Nikon D90 + AF-S DX NIKKOR 16-85mm F3.5-5.6G ED VRほか (和歌山県加太町友が島 

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敵艦隊を紀淡海峡で封鎖せよ!要塞の島(2) ・・・ 友が島第二砲台(由良要塞)/和歌山市加太町・友が島

さて前回は友が島の中でもっとも小ぶりな第五砲台を紹介したが、今回はもっとも低い位置(船を横から狙う)友が島第二砲台を見てみよう。真夏なら海水浴場となるこのあたり(島の西部)、海岸を歩いてみるとレンガ塊がいくつも海岸に転がっている。その先に(↓下写真)海に突っ伏しているデカいコンクリートの塊が目に入る。[画像クリックで拡大表示します]

友が島第二砲台(由良要塞)
↓ただのがれきの山にしか見えないだろう。この友が島第二砲台は4つの砲座から成り、27センチカノン砲が各1門計4門配備されていた。でも海にひっくり返っている基台部などを含む右翼の第1,2砲座は戦後の爆破作業によってこのように崩壊し、潮に洗われるまま土へと帰る過程にある。
友が島第二砲台(由良要塞)
↓全体がどうなっていかが解らないと理解も進まない。↓下の写真が第二砲台を北向きに眺めたもので、砲座は水面に近い高さに真西(由良方向)を向いて建設されている。手前から半円形の囲いを持つ砲座が第4,3,2とあり、第2砲座あたりから海に崩れている。第2砲座のボルトが円形にならぶ砲床部が海の縁に見えている。右下端に観光客。[画像クリックで拡大表示]
友が島第二砲台(由良要塞)
↓海の瓦礫をよじ登って砲台内に侵入するとこんな様子↓。ヘルメットなしには、いやあっても結構危険かも。荒れるに任せ保全の措置はとられていないよう。この半地下通路の右上が砲座で、↓下写真左が弾薬置場、右がカマボコ型の弾薬庫(棲息掩蔽部)になっている。
友が島第二砲台(由良要塞)
↓これが弾薬置き場。27センチカノン砲は右の壁の上にある。(右手が海)
友が島第二砲台(由良要塞)
↓弾薬庫(棲息掩蔽部)で、天井に穴があり、弾薬をチェーンなどで垂直に上げることができたようだ。
友が島第二砲台(由良要塞)
↓弾薬庫(棲息掩蔽部)の中から(背中側が海)。内部もレンガ貼りだがしっくいの白い色がちょっと気持ち悪い。ここに15分も座っていたけど、今ここで東南海沖地震が来たら即下敷き、さらに津波で洗われ本ブログは廃墟になる・・・。
友が島第二砲台(由良要塞)
↓右翼の砲座下弾薬庫。奥のコンクリートで防御された壁が吹き飛び海が見えている。何時崩落するか解らない・・・入ってみる気はちょっとしない。
友が島第二砲台(由良要塞)
↓一番奥(山側)から海側(右翼砲座)方向を見る。砲座間にはこうしたラピュタ的空中階段があってかっこいい。手すりは付いていたんだろうか?
友が島第二砲台(由良要塞)
↓奥の階段を上がると第4砲座(最左翼)に出る。奥に円形のボルト列があるのがわかるだろうか。ここに27センチ砲が留められていたものと思われる。右のトンネルは隣の砲座に続き覗いてみると一直線海まで見える。[画像クリックで拡大表示]
友が島第二砲台(由良要塞)
↓砲座間のトンネル内。上部にチェーンかなんかが取り付けられ、下の穴が弾薬庫につながって、ここから砲弾などをつり上げていたのではないかと思われる。
友が島第二砲台(由良要塞)
↓外に出ると鉄条網で立ち入り禁止とある。そりゃそうだろう。
友が島第二砲台(由良要塞)
↓つか、通常のハイキングルートから入らないとこのカンバンを背中から見ることになる。鉄条網をよっこらしょとくぐる私をハイカーが怪訝そうに眺めていた。だって、このカンバン今見たんだもん。
友が島第二砲台(由良要塞)
↓友が島第二砲台の背中にある砲台の正門らしきもの。線がカーブして意匠的にかっこよいが資材搬入の出入りに合理的な形状とも言える。
友が島第二砲台(由良要塞)
↑友が島の要塞取材は二年ぶりになる。前回より崩落の度合いは目に見えて悪化しているわけではないものの、あらかじめ予想されたことではあるが「立ち入り禁止」が増えている。この後紹介する灯台脇の第一砲台や最大規模の第三砲台などメジャーなところほどその傾向が強い。立ち入り禁止札を増やすよりナントカ国有財産として整備できないものか・・・。

[画像クリック:拡大表示] PHOTO * PHOTO *Nikon D90 + AF-S DX NIKKOR 16-85mm F3.5-5.6G ED VRほか (和歌山県加太町友が島 

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敵艦隊を紀淡海峡で封鎖せよ!要塞の島(1) ・・・ 友が島第五砲台(由良要塞)/和歌山市加太町・友が島

明治時代の最大の脅威と言って良いだろうか。幕末の頃、黒船になすすべもなく開国を迫られ、抵抗した薩摩や長州は一方的に艦砲射撃で町を焼き払われ放題を占領された。さらにロシアとの関係が悪化すると日本の沿岸に出没する極東ロシア艦隊に艦船を襲われ、青森市など沿岸都市が一時的にロシアに占領されることを想定した軍事訓練などが本気で行われていたそうだ。[画像クリックで拡大表示します]

由良要塞/和歌山市加太町・友が島
↑約10Kmほどの紀淡海峡は、太平洋から大阪湾に入る超重要ルート。和歌山市(加太町)と淡路島(由良町)に挟まれ、大阪湾防備の重要地帯とされ、明治初期から第二次世界大戦まで地図にも載せないような重要地域・由良要塞(加太町・友が島・由良・生石)だった。(上図でBとあるのが友が島:Google mapより)
由良要塞/和歌山市加太町・友が島
↑ここ友が島は、紀淡海峡の中心部に浮かぶ島。加太の港から鯛釣り船をかき分けるように約20分ほどの船旅で到着、特に夏場はキャンプや釣りに賑わう島だが、この時期は人も少ない。こんなのんびりした島がかつて浮沈戦艦だったとは・・・。
由良要塞/和歌山市加太町・友が島
残っているのはもちろん廃墟。これは海岸に近いところなので何か管理棟のようなものだろうか。廃墟好きな人とソウでない人ってナニが違うのかなぁ。そう、廃墟は今この瞬間、何のサービスもしてくれないものなぁ・・・。「そんな場所、何がオモシロイのよー。バッカじゃない?」 ごもっともである。
由良要塞/和歌山市加太町・友が島
この窓にガラスがはまっていて、灯りがともっていて、中から将校の怒鳴り声が聞こえていて、ラッパの音なんかもきこえていたり・・・想像すんのっておもしろいんだもん。だからいいじゃん。音声案内が聞こえるわけでも説明ビデオが流れるわけでもないけど、なんか語りかけてくんのさー。
由良要塞/和歌山市加太町・友が島
↑この坂を登ると何本かの山道があって、5つの砲台へとつながっている。どれもよく整備されているし高低もそんなに大きくないので辛い山道ということははない。まずは一番小さい砲台「友が島第五砲台」へと行ってみよう。何を語りかけてくれるのか・・・
由良要塞/和歌山市加太町・友が島
↑砲台よりも印象的なのは「火薬庫」のような建物。建物の一部が崩壊寸前で踏みとどまっていて、煉瓦の石積みだけではわかりにくい当時のイメージをわずかに残してくれている。「火薬庫」だろうと言われるのは、床を上げた通風構造(↑写真上)や、レンガ床に縦横の溝(↓写真下)が刻んであって、それらがおそらく湿気を飛ばすためのものだろうと思われるからだ。
由良要塞/和歌山市加太町・友が島
↓友が島第五砲台は12センチカノン砲だ。他砲台の27~28センチ級と比べると破壊力は数倍から一桁は違うのではないだろうか。下の写真は「砲座」と呼ばれるもので第五砲台には3座が連結している。これはその最左翼の第1砲座。各砲座には12cmカノン砲が2基づつ回転台の上に装備される。
由良要塞/和歌山市加太町・友が島
↑上下の写真でアーチ型のくぼみのような場所は、砲側弾薬置場と呼ばれ一時的に弾薬を置く場所のようだ。なお↓下の写真で左右の砲座から降りる階段の中央部に「棲息掩蔽部(せいそくえんぺいぶ)と呼ばれるかまぼこ状の倉庫があり、弾薬の貯蔵に当てたと思われる。
由良要塞/和歌山市加太町・友が島
↑こうして撮影をしていると、周りをリスが走り回り、他の方のレポートにはクジャク(まむしやヘビ対策に放鳥)が現れると書いてある。現代は平和だなぁー・・・と感じるのだが、おそらく戦時中もこの島の自然は今に似た空気だったかも。友が島の大砲は実戦で火を噴いたことが無いはず。ロシア艦隊乱入の危機が去ったすぐ後にはもう、いくら友が島(由良)要塞が大砲を構えていても、脅威は「空の上」か「水の中」からどんどん進入する時代になってしまったから。 【その2:第二砲台

[画像クリック:拡大表示] PHOTO * PHOTO *Nikon D90 + AF-S DX NIKKOR 16-85mm F3.5-5.6G ED VR (京都府精華町 

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TAAさん 春うららの加太港からタイムマシンに乗って ・・・ 加太港/和歌山

「はるのうみ」・・・なんと優しい響きではないか。黄砂明けの日曜日は快晴に恵まれ穏やかな日になった。「海が見たいぜ」 元来がロマンティストのTAAさんは和歌山の海へと旅だった。 [画像クリックで拡大表示します]

春うららの加太港から/和歌山
春うららの加太港から/和歌山
↑南海電鉄和歌山市駅。JR和歌山駅と
区別するため地元の人は「シエキ」と呼ぶ
↑特急「サザン」 名前はカッコ
良いが普通の電車
春うららの加太港から/和歌山
春うららの加太港から/和歌山
↑さてローカル線。これが亀さんの
歩みのように超遅い各停
↑紀ノ川の河口を北に向け渡る
橋脚の古煉瓦がなぜかそそる
 [すべての写真は、画像をクリックすると拡大表示します]
春うららの加太港から/和歌山
↑ようやく着いたぞ加太(かだ)の駅。自分には南海の緑電車のイメージがまだ強い。
春うららの加太港から/和歌山
↑はまりすぎるやろー、と八代亜紀の演歌でも歌いたくなるノレン。
春うららの加太港から/和歌山
↑ああ、海の景色。20年前くらいには何度もサビキで小アジを釣りに来たっけ・・・
春うららの加太港から/和歌山
春うららの加太港から/和歌山
↑加太港の様子。今日は穏やかな海面
↑ここが乗船場。往復2千円の切符を買う
春うららの加太港から/和歌山
↑古タイヤ・・・グラウンドでも活躍、港でも活躍!自分の第二の人生もかくありたい
春うららの加太港から/和歌山
春うららの加太港から/和歌山
↑鯛釣り船が行き交う。あっ!あの島が
↑紀淡海峡の速い潮流、良い漁場
春うららの加太港から/和歌山
↑加太港さん、行ってきます!穏やかで波が立ってないでしょ。
春うららの加太港から/和歌山
↑とか言ってるうちに20分で到着!ここが「友が島」 なんて優しい名前なの。

南海和歌山の旅、紀淡海峡に浮かぶ小島「友が島」、ここは気軽にタイムスリップが楽しめる島なのだ。という感じで旅行記風にスタートしたわけだが、続きはいつか解らない。他のシリーズも完結してないし・・・でもこれも一週間もオクラにしまっといて忘れそうだったし・・・的に誰に言い訳してんだかわかんないけど、TAAさんの旅は続くのである・・・(以下次号)

 [画像クリック:拡大表示] PHOTO * Nikon D90 + AF-S DX NIKKOR 16-85mm F3.5-5.6G ED VR (和歌山市加太港~友が島)

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由良要塞軍事遺産(その7)~さよなら友が島 / 和歌山市友が島

「友が島」はそういう名前の島があるのではなく、地ノ島、神島、沖ノ島、虎島の総称をいう。これまで要塞跡の撮影をしてきたのは沖ノ島だ。その沖の島と潮の状況によって一体化したり離れたりしているのが下↓の写真「虎島」である。 ※各写真は、クリックすると画像が拡大表示されます。

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虎島などこの周囲の島に見られる傾斜した堆積地層

四国吉野川から紀ノ川に伸びる中央構造線に程近いこの島も、太平洋から押しこまれるプレートの影響を受けてできた島だし、だいたい紀淡海峡もそうしてできている。ということは、太古の造山活動が由良要塞(由良-友が島-加太)を作った理由になるわけだ・・・と言えばこじつけだろうか。

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奥に桟橋が見えている。 ここが友が島の玄関口、友が島港の桟橋。

海水浴やキャンプで訪れたことがある友が島だが、今回初めて要塞見学だけで渡ってきた。第一、第二、第三砲台と海軍聴音所のコースはゆっくり歩くにはちょうど良いコースだ。もっとも船の便数が限られているので時間配分には注意したい。

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桟橋のすぐ近くは公園に。夏は結構暑かったのを覚えている。その公園の奥にある煉瓦の建物。前に座る山羊が・・・っぽい

■おまけ 「第三砲台の左翼観測所

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左翼(海に向かって最左翼)の観測所。8基の砲と同じライン上にある。 左翼い観測所内部から左右にのびるトンネル。

これ以外に、第四、第五砲台や虎島(潮に注意)堡塁・・・など他の遺構もまだまだあるよう。改めて1年後この島を訪れたい(草木の生い茂らない時期がお薦め)    [要塞砲]   ※各写真は、クリックすると画像が拡大表示されます。PHOTO : RICOH Caplio GX100
 

由良要塞軍事遺産関連記事: その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7

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由良要塞軍事遺産(その6)~監守衛舎・発電所跡 / 和歌山市友が島

「その5」で紹介した「棲息掩蔽部(せいそくえんぺいぶ)」から土手をくぐる短いトンネルを抜ければ、「監守衛舎・発電所跡」だ。ここは人の匂いがする。 ※各写真は、クリックすると画像が拡大表示されます。

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棲息掩蔽部のトンネルをくぐると土手に囲まれた広場が見える(正面は発電所跡)

ここにある案内板には[将校宿舎跡/本島要塞の駐屯兵が生活した宿舎が今も島内各所に一部残っていますが、この建物も将校宿舎でした。建物内部は順日本色間取りとなっており当時の将校たちの憩いの場でありました]とある。

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左が監守衛舎、右が発電所。キャッチボールなんかちょうどいいのでは 荒れるにまかせているという感じ。網でふさがれているが、中に入るのはチョット危険だろう。
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外の煉瓦建築と中の純和風構造とちょっと違和感があるが、ちゃんとしていればくつろげそうな雰囲気は十分ある。 発電所跡。屋根は崩落しており、側だけが残る。

土塁で囲まれた日当たりの良い平地。下↓の写真は友が島港へ下りる方向にある切通しの門あとだ。ここには、ツバキや桜の木が生えているが、恐らく当時植樹されたものではないだろうか。実戦の無い平和な島生活・・・と呼べたかどうかわからないが、弾薬と背中合わせ、自分たちの戦場との距離ゼロメートルの隔絶生活は何かとストレスもあっただろう。

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棲息掩蔽部(弾薬庫)と反対側の切通し。門があったのだろう。ここを下れば友が島の港は近い。

当時の人の活動や思いを少し感じられる気がするので遺跡巡りは止められないヽ(´▽`)/。    [要塞砲]   ※各写真は、クリックすると画像が拡大表示されます。PHOTO : RICOH Caplio GX100
 

由良要塞軍事遺産関連記事: その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7

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由良要塞軍事遺産(その5)~友が島第3砲台棲息掩蔽部(せいそくえんぺいぶ)  / 和歌山市友が島

その4」で紹介した第3砲台の関連施設「棲息掩蔽部(せいそくえんぺいぶ)」。平たい話、弾薬や発射薬を貯蔵しておく場所で、同島の案内板には「弾薬支所(Ammunitions Bunker)」とある。 ※各写真は、クリックすると画像が拡大表示されます。

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向こう側から交通路を下ってくると、ここが突当り「棲息掩蔽部(弾薬支所)」

上↑の写真の位置で振り返ると下↓の写真。左は監守衛舎・発電所跡へのトンネル、正面の倉庫と、右手(砲台側)に4連の弾薬庫が並ぶ。正面の倉庫と右の4連の倉庫は構造が違うので、さらに下の写真で確認してほしい。

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左は監守衛舎・発電所跡へのトンネル、正面の倉庫と、右手(砲台側)に4連の弾薬庫
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上の写真の正面倉庫。半円筒形のシンプルなもの 4連倉庫の最も奥に位置する倉庫の入口部、これはどの倉庫も同じ

4連倉庫には、さらにその倉庫周囲に人一人が通れるぐらいの幅をもった回廊状のトンネルが存在する。上から二枚目の写真の右角部にその出口があるのが見えるだろうか。単なる通路ではなく保管状態や防御のための構造らしい。

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倉庫の一番奥の部分。右側がさらにその後ろにある通路。倉庫をぐるっと取り巻いて(左)倉庫内への通用口、そしてそのまま進むと倉庫正横通用トンネル口に出る。狭いトンネルだ。
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これが4連倉庫の裏側を行く回廊状のトンネル。漆喰の白色が残る。 トンネルを隔て向こうが監守衛舎、発電所。写真はその土手に登るRのついた階段。丸みが優しい。

明治25年頃の重要施設だから当時の最高技術で作られているはず。100年の間にその分野の技術進歩は超速く、あっというまに明治25年の最先端は後ろの方に追いやられてしまった・・・活躍しなかったがゆえにこうして美しい形を後世にとどめているというのは何か皮肉な話だ。[要塞砲
※各写真は、クリックすると画像が拡大表示されます。PHOTO : RICOH Caplio GX100 (CANON G9も持参しましたが、ここの写真は全てGX100で撮影しました)
 

由良要塞軍事遺産関連記事: その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7

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