inkpot.cocolog-nifty.com > 別子銅山の遺構へ行こう!(愛媛県新居浜市)

日本三大銅山の一つだった別子銅山。
その始まりはナント元禄4年!そして283年後昭和48年(1973)に閉山するまで推定3,000万トンもの銅を産出し続けたのがこの住友の別子銅山。
あいにくの秋雨の中、マイントピア別紙(端出場ゾーン)から、さらに奥の東平(とうなる)ゾーンに行ってきました。濃いガスの中に浮かび上がる赤煉瓦の遺構は、さながら天空の城ラピュタ。「人は地上を離れては生きていけないの」とはシータが言った言葉だったでしょうか。最盛期には、こんな山深い東平に3800人もの人が働いたと言いますが、閉山後は草木が、そして深い霧が、静けさが人のいた跡を覆い尽くしています。